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短編集52(過去作品)

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 窓際に座って、今度は入り口を見てみる。
――こんな風に彼は私の方を見ていたのね――
 思ったよりも近くに感じられた。そういえば、ここの距離に二人の気持ちは比例していたのかも知れない。
 美紀は最近、新しい彼ができた。彼はとても優しく、非の打ちどころのない素敵な人である。だが、美紀にとって不安なのは、あまりにも雄作に似ているからだ。
「一回好きになった人の面影を追い続けるので、また同じタイプの人を好きになるものなのよ」
 と友達が言っていたが、そのとおりだろう。今まで付き合った男性で一番好きだったのが雄作だったからである。
――彼の優しさ?
 それが一番だったのかも知れない。だがそれだけではないことを一番よく分かっているのも美紀だった。
 新しく付き合い始めた人の名前は浩平。ルックスは雄作の方がよかったが、大人の雰囲気は浩平の方があった。
 だが、浩平の中にも無邪気なところがあり、むしろ雄作の無邪気さよりも無意識な
ところが強いかも知れない。それだけ天然ぽくってつかみどころがなかった。
 それは美紀が最初に気付いたことではなかった。雄作の時には最初から気付いていたが、浩平とは付き合い始めて気付いたことだったのだ。
――浩平と雄作、知り合った時、私の中で精神的に明らかに違っていた――
 美紀はそう感じたのは、浩平と付き合い始めてからだ。
 浩平と付き合い始める時と、雄作と付き合い始めた時、男性に対しての考え方が違っている。
 それを思い知らされたのが、会社に入ってからすぐの電車の中でのおぞましい記憶である。
 男性に対する恐怖心と、自分も知らなかった自分の中のオンナとしての部分。どちらも忘れようと努力してきたことだ。
 普通だったらなかなか忘れることのできないことなのだろうが、美紀はあまり苦労することもなく忘れられた。トラウマとしては残っているだろうが、少なくともまわりから悟られるようなことはなかったはずだ。
 だが、ひょんなことから顔を出さないとも限らない。それが恐ろしかったのだが、それを考え始めると埒が開かない。
 忘れるには何かを犠牲にしなければならない。それを思い知ったのもその時だった。
――私は、男性を好きにならないわ――
 と思うことで何もかも悪い記憶を忘れ去れるような気がした。
 実際に忘れていた。一度忘れてしまうとまったくなかったことに頭の中をリセットできる。
――リセット――
 そういえば、この言葉は雄作が言っていた言葉ではないか。今さらながらに思い出すなんて、どこか過去を断ち切ることができなかったようだ。
 小さな綻びがあったのかも知れない。そこから傷口が広がって……。そんなことは往々にしてあるだろう。
 浩平は喫茶店で待ち合わせすることが好きだった。それも雄作と待ち合わせをした喫茶店とはあまり似ているわけではないのだが、シチュエーションが同じだった。
 美紀が浩平と付き合う前は、よく一人で喫茶店に寄っていたのは、自分の中で過去のことはすべて断ち切ったという意識が強かったからだ。
 雄作に対してもそう、忌まわしい電車の中での記憶もそう、すべてが過去のことで、自分自身で記憶の奥に封印したことだった。
――私ができることはすべてやったわ――
 何もかもが自分で始末できることだと思っていた。そう思うようになるために、美紀は通らなければならない道を自らが選んで通ってきたのだ。
――この人は何も知らないんだ――
 浩平を見ていてそう思う。そして、
――この人と幸せになるんだ――
 という思いだけが美紀に勇気を与える。
 だが、浩平との別れは突然だった。
「君と別れたいと思う」
「えっ、どうして?」
 美紀は震えていた。何となく嫌な予感がしていたからだ。だが、彼からの別れを聞くということは今までに犠牲にしてきたものすべてを無駄にしてしまうことだ。そう簡単に承諾できることではない。
「君は完璧すぎるところがある……。いや、完璧なんてありえるわけではないので、完璧を求めているのかと思っていたけど、そうじゃないんだ。完璧だと思い込んでいるところがある。違うかい?」
 浩平の表情は真剣だった。
 確かに彼の言うとおりであった。それまで意識していなかったが、言われてピンと来るのだから、無意識の中で意識していたのかも知れない。ズバリ指摘されて返答に困ってしまった。
 だが、
「ええ、そのとおりよ。あなたお察しどおり。でもそれのどこがいけないの?」
 完全に開き直っている。
――本心からじゃないのに――
 と心の中で叫んでみたのは、口に出した気持ちは本音だったのを打ち消したい一心だったからだろう。
 もう一人自分の中に冷静な自分がいると思っていたが、その自分が口を開かせていた。――冷静なはずの自分が本音を簡単に漏らすだろうか――
 この点も不思議だったが、美紀にはどうすることもできない。
「やはり、君は僕とは違う世界で生きているように思えてならない。すまない」
 そう言って浩平は美紀から去っていった。
 美紀は完璧な人間が面白くないということを初めて知った。美紀の中にいるもう一人の自分が完璧さを演出していたのは浩平への一言で明らかだったが、それを一人しかいない自分の考えだと思っていた。自分のことを簡単に理解できるはずはないという考えの下である。
 もう一人の冷静な美紀は、自分の中にある淫靡な部分も一手に引き受けている。
 もう一人の自分が表に出てきたのは、これが二度目だった。
 一度目は電車の中の忌まわしい思い出の時、あの時は完全に自分の身体をもう一人の自分に占領されていた。
 浩平が言った「完璧な美紀」、それは明らかにその時の自分である。
 もう一人の自分がその時に何をしたのか。思い出してきた。電車の中で自分を蹂躙していた憎き男を電車から連れ出し、自分の部屋に招きいれた。
 そこからが信じられないことの連続である。
 男に身を任せ、もう一人の自分は、美紀の身体で満足を得ると、それを実際の美紀に分からないようにするため、証拠隠滅を図ったのだ。抵抗する男を一撃の元に殺害し、彼を喫茶店の近くに埋めたのだ。
 女性一人でできることではないかも知れない。だが、もう一人の美紀は女性ではなく、オンナなのだ。普通では考えられない完璧を感じさせるオンナなのだ。
 美紀が朝ゆっくりと出かけるのは、もう一人の自分を無意識ながら意識しているからだろう。表に出てくることのないように、必死で封印している。だが、喫茶店にだけはどうしても近づいてしまうのは、封印されたもう一人の自分へのせめてもの気遣いなのかも知れない。
「完璧な自分」
 完璧だと思えば思うほど、知らず知らずに何かを失くしている。そしていつか、そんな自分にとって変わられるのかも知れない……。

                (  完  )


作品名:短編集52(過去作品) 作家名:森本晃次