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黒髪ポニーテールは『普通』の印 ~掌編集・今月のイラスト~

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 読書家の彼はアイドルにはあまり興味がなく、付き合い始めてしばらくしてから『元TYO36の誰かに似てるね』と言われた、グループの中では少し異質だった詩歩は、アイドルには疎い彼の印象にも少し残っていたらしい、名前までは憶えていなかったが。
 そう言われて詩歩は素直にカミングアウトした、その時の彼のびっくりした顔は、詩歩を元アイドルとしてではなく、書店店員の詩歩として好きになってくれたことを示していた。

▽   ▽   ▽   ▽  ▽   ▽   ▽   ▽

「もしかして、元TYO36の詩歩さんですか?」
 近付いて来た二人連れにそう訊かれた。
「違います、時々似てるって言われますけど……」
 詩歩の言葉にあいまいに納得したようで、二人は『スミマセン』と言って離れて行った。
 詩歩は解いていた髪を再びポニーテールにまとめ、焼きそばのパックを二つ手にして戻って来る彼の姿を見つけて軽く手を振った。
 彼も焼きそばをちょっと上にあげて応えてくれた……。
 
 人気と言う得体の知れない、曖昧なものに振り回され、野心と妬みが渦巻いていた世界。
 権力と欲望と言う大波に翻弄される小舟に乗り込もうと縋り付く仲間たち。
 振り落とされればその世界から消えて行く他はない。
 そんな世界に身を置きながらも、詩歩は意を決して小舟から手を離した。
 そうやって取り戻した『普通』の生活。
 隣に腰を下ろした、取り立てて目立つところはないが優しく誠実な男性、手渡されたなんのへんてつもない焼きそば、彼がちょっと奮発して連れて来てくれた、カップルや家族連れで賑わうプールの休日、ブティックでもデパートでもなく、ショッピングセンターで買った水着、走り回る子供たちと、危ないとたしなめる母親たちの声……。
 そこに無上の幸せを感じられるのは、普通ではない世界に身を置いていたからなのだろう。
 詩歩は『普通の幸せ』の本当の価値を知っている、そしてそれを決して手放す気はない。

              (終)