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「発展性のない」真実

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 野村弘樹は、気の短い男だった。すぐにイライラして、人に当たることもあった。四十歳を過ぎて中年になった今は、若干丸くなったとはいえ、それでも、その傾向は変わっていない。会社に行っても、何かを目標に頑張っているというわけでもなく、
「目標? そんなものは、入社後、半年もしないうちに消え失せたよ」
 と、言って鼻で笑うのが関の山だった。
 何を毎日楽しみに生きているのか、人から聞かれたとしても、答えようがない。そんな話をしてくる人とは、最初から話をしないようにしようと思っているうちに、自分のまわりには、誰もいなくなっていた。
「楽しみなんて、どこにもありゃしないよ」
 と、半分人生を投げていた。
 人生を投げるようになったのは、今に始まったことではない。三十歳近くになってから、世の中が面白くなくなってきた。考えてみれば、学生の頃もあまり面白いとは言えなかったが、
「そのうちに楽しいことがやってくる」
 と、タカをくくっていた。楽天的な性格だったこともあり、あまり意識していなかったが、さすがに四十歳を超えると、
「そのうち」
 などという言葉が、リアリティのないものであることに気付いてくる。
 実際に歳を取ってからの方が、リアリティはなくなってきた。学生時代の方が、まだ現実を直視していたように思う。どちらかというと、
「何とかなるさ」
 と、思っているのは今の方であって、楽天的というよりも、現実逃避に近いものがある。ただ、それは弘樹に限ったことではなく、他の人誰もがそうではないかと思っていた。だからこそ、年齢を重ねるごとに、落ち着いて見えるのは、諦めも多分にあるのかも知れない。
 学生時代から、女にモテない。学生時代には、それほど気にしていなかったのだが、それでも、どうしてモテないか、自覚があったからだ。
「俺は、見た目、老けて見えるんだ」
 大学に入学した年、友達と旅行に出かけて、露天風呂の中で、見知らぬおじさんから、
「お兄さんは、おいくつかね? お子さんは、二人くらいかね?」
 と、言われたことがあった。老けて見えるのは自覚していたが、まさか子持ちに見られるとは、思ってもみなかった。
「いくつに見えるんですか?」
「二十代後半か、三十代前半くらいに見えますよ」
 まさか、十歳も上に見られるとは、ショックであった。それでも、おじさんは悪びれた様子を見せない。さすが、温泉という開放的な場所。少々の無礼講は許されると思っているのかも知れない。
 そんな弘樹だったが、いつ頃からだろうか。年相応に見られるようになり、今では、実年齢よりも若く見られるようになった。
「三十歳前半くらいじゃなかったかな?」
 精神的に何かの変化があったという感じはしない。
 確かに、三十歳を過ぎた頃から、毎日がマンネリ化しているのが分かっていた。一週間、一か月とあっという間に過ぎるのに、一日はなかなか過ぎてくれない。そんな時は、毎日がマンネリ化している時だと思ってきた。
 マンネリ化してくると、余計なことをしたくなくなってくる。好きなことであれば、少々のことはできるのだが、嫌なことであれば、よほどしなければいけないことでない限り、しようとは思わなくなっている。
 毎日の仕事でも、上司に小言を言われると、やりたくない。部下に押し付けることもあるくらいで、そんな自分が無性に嫌になってくることもあるくらいだ。
「どうして、こんなになっちゃったんだろうな?」
 まわりは、彼女がいて、どんどん結婚していく。中には、
「まだ、結婚なんか早い」
 と言いながら、実際は、もっと遊んでいたいと思っているやつも多い。
「俺なんか、彼女ができたら、即行で結婚するのにな」
 と言って笑っているやつもいるが、そんなやつに限って、彼女ができると、もっと他にいい人がいるんじゃないかと思ってか、なかなか結婚しない。
 それでも、まだ毎日をマンネリ化した生活の中にどっぷりと浸かっていないだけいいではないか。弘樹は、自分がどっぷりと、マンネリ化に嵌ってしまっていることを感じ、どうしようもない状態になっていることを自覚していた。
 大学生の頃までいた友達も、就職するとともに、次第に縁遠くなってしまい、自分から連絡ができないと思った瞬間から、友達は減っていった。
 会社の同僚は、あくまでも仕事上での付き合いだけ、それ以外の関係ではない。就職してから、付き合った女性もいたが、彼女との関係は、薄っぺらいもので、まるでままごとの延長のようだった。
 デートと言えば、映画を見たり、ドライブに行ったりはしても、そこからなかなか大人の関係にはならなかった。弘樹には、肉体的なコンペレックスがあり、なかなかセックスに結びつくことはなかったのだ。
 大学一年生の時、まだ童貞だということを先輩に話すと、
「よし、じゃあ、俺が男にしてもらえるところに連れていってやる」
 と言って、風俗に連れてこられた。
 童貞を捨てるのに、風俗は嫌だなどというこだわりは最初からなかったが、逆に恥かしさがなくて済むのではないかと思い、先輩の好意に甘えてみた。
 最初、風俗で済ませるということは別に恥かしいことではないと思えた。先輩が連れていってくれるというのなら、こんなにありがたいことはない。自分の中でも、
「先輩に誘われたから」
 という言い訳が成り立つのだから、自分を納得させるには、好都合だった。
 だが、実際に行ってみると、恥かしいものは恥かしかった。そんな自分を見た女の子が、
「可愛い」
 と言って、喜んでいる姿を見て、苦笑いした。
 苦笑いしたが、それでも嬉しさの方が強かった。萎縮して女の子の前で恥かしいことにならないだろうと思った。
 身体も悦んでいるのが分かる、ただそれは今までに感じたことのない快感だったこともあって、何もかもが未知のもの。女の子の顔を見ていると、嬉しさがこみ上げてくる。自分が錯覚に陥っていくのが分かってきた。
 すべてが終わったあと、さっぱりはしていたが、アッサリした気持ちにもなっていた。
――なんだ、こんなものか――
 この気持ちが身体に対するコンプレックスを感じさせた。
 想像していた快感とは違ったのだ。元々、人が味わう快感を傍目に見ていて、
「あれが快感なんだ」
 と、勝手に思い込んでいただけで、実際に自分が味わうと、そこまではなかった。
 その理由は、自分が想像だと思っていたことが妄想だったからではないだろうか。快感だと思っていたことを、誰もが同じように感じるわけではない。想像が想像を膨らませ、妄想と化してしまうのだった。
 肉体がコンプレックスなのは、精神から来ているものでもある。
 アッサリしている自分に対して、何事も冷めた目で見てしまっている自分がいることで、せっかくの快感が半減してしまう。
 求めるから、半減するのであって、最初から深く意識しなければそれでいいのではないだろうか。
 彼女がほしいとは思うが、結婚したいとは思わない。一時の快楽であれば、何とか自分を満足させることができても、同じ人にずっと縛られてしまって、ずっと自分を満足させることなど、できるはずもないのだった。
作品名:「発展性のない」真実 作家名:森本晃次