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夢幻圓喬三七日

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余一会:平成26年8月31日 日曜日(完)



 
 僕の隣には美代ちゃんが座っている。久しぶりに二人だけでの外出だった。子どもは実家で両親に遊んでもらっている。
 同じテーブルには、店長とアルバイトの……、いや今は店長夫人だ。二人で店を切盛りしている。今の店に当時の面影は無い。
 あれから、コンビニチェーンを抜けて、家号を『逸品亭』と改めた店は、世間から注目されている。店長の御眼鏡にかなった商品しか取り扱わない信頼の置ける店として、また、店の隅に設けられた居酒(いざけ)スペースには、酒と相性の良いつまみが、日替わりで用意されている店としても有名だ。酒樽とワイン樽をお洒落に改造した椅子を設えて、テレビや雑誌にも紹介され女性客も多いと聞く。

 その店には時折、墨芯堂のご主人が幼稚園で書道を教えた帰りに、お客としてやってくる。平生(へいぜい)は黙って飲んで帰っていくが、その日の酒やつまみが気に入ると、矢立から筆を取り出して、気に入った酒やつまみの名前などを洒落て、色紙に見事な達筆で書いていく。この色紙のファンも多く、新たに色紙が書かれると、その写真をブログに載せる人までいる。色紙に書かれた酒やつまみは、文字通りの御墨付(おすみつき)をもらったように、売上げも伸びるそうだ。全国から店長のもとに売り込みが来るが、御眼鏡にかなう物は少ない。御墨付となるとなおさらだ。

 今日の司会は、もちろん朝太さんが名乗りを上げてくれた。もうすぐ真を打って古今亭の名跡を継ぐ、という噂も囁かれている、東京では一番の成長株だ。一方、上方では若朝さんが桂の名跡を継ぐことが決まっている。二人は良き友(ライバル)となっていて、互いにしのぎを削っている。朝太さんが大阪に行ったときは、若朝さんの家に泊めてもらい、若朝さんが東京に来たときは、朝太さんの家へ泊まるほど、家族ぐるみの付き合いをしている。若朝さんのおカミさんはもちろん、旧姓瀬尾さんだ。
 あれ以来、大阪の寄席では出来の良い高座に対して、お客さんのスタンディング・オベーションがあるそうだ。それと、寄席の売店では、プラスチック製のみかんに、割り箸と祝儀袋がセットされた『古(いにしえ)のご祝儀』まで商品として並んでいる。何とも大阪らしい商魂だ。
 朝太さんと若朝さんは年に数回、東京と大阪で二人会をしている。日本一チケットの取れない落語会だ。二人の火の出るような高座を全身で感じることが出来る。会の名前は『無言(むげん)会』 師匠から受け継いだ、言葉に頼らない稽古に因んで名付けたそうだ。それと、二人にとって師匠との出合いは、夢か幻だったのかもしれないところから、夢幻(むげん)にも掛けていると朝太さんが教えてくれた。
 朝太さんは、相変わらず大将の所で落語会を開いている。変わったことと言えば、その落語会の木戸銭が、蕎麦付きの千円から蕎麦なしの百円になったくらいかな。恐らく日本一安い落語会だ。なんでも、大将から「師匠は五百円だったけど、おまえの芸はいくらだい?」と聞かれ、思わず「百円」と答えてしまったらしい。それでも大将は高いと思っているようだ。

 その大将は、今年に入ってずっとご機嫌だ。今年の初め、大将の所に絵葉書が届いた。その様子を直に見た父によると、差出人が『立花家蛇足』となってるエアメールを見たとたん、大将の喜びが弾けたそうだ。その時、店にいたお客さんの蕎麦代を、全て無料にしたくらいの喜びようだった。そして、大将以外の誰にも、師匠から手紙が来てないことを知ると、座りションベンをして、バカになるような勢いで喜んでいたそうだ。

***************
* 俺の言うことを聞きやがって、
* てめえはびっくりして
* 座りションベンしてバカになるな

* 落語 火焔太鼓
* (古今亭志ん生)より
***************

 すぐさま墨芯堂に飛んで行き、表装してもらって、座敷に飾っている。飾られた絵葉書には、ニュージーランドであろう青空の下、キウイが一杯乗った篭を、満面の笑みで持っている師匠が写っている。師匠がどんな魔法を使ったのかは分らないが、圓朝師匠か閻魔様にでも頼んだのかな。

「お二人に盛大な拍手をお送りください」司会の朝太さんが新郎新婦の入場を知らせると、眩しいくらいの笑顔で二人が入場してくる。外野から「二人じゃないぞ! 三人だぞ〜」との声が掛かる。清美さんのお腹が目立ってきていて、夕太郎さんと二人で少し恥ずかしそうに笑っている。

 夕太郎さんが住んでいた房総の土地は、今は東京都が管理している。小石川植物園が調査を進めたところ、やはりムニンキヌランという、小笠原固有の絶滅したラン科の植物だった。今年の春には二度目の儚く白い花を咲かせていた。現在、土壌との関係も含めて研究が進められている。一部は一般公開されていて、全国の研究者やガーデニング好きで休日は賑わっているようだ。新聞・雑誌には『現代に蘇った 奇跡の植物園』として紹介されていた。

 清美さん親子も、幼稚園を夕太郎さんと仲良く運営している。日本で有数の情操教育と食育に特化した幼稚園として、遠くから車で送り迎えする保護者も多い。幼稚園での月に一度の落語会は、朝太さんと圓馬さんが交代で出演しているし、夕太郎さんも絵画とガーデニングを教えている。朝太さんが演芸で夕太郎さんが園芸だ。墨芯堂のご主人も難しい顔をして、筆を持ちながら園児に向き合っている。園児たちの食事は、美代ちゃんの会社が全面的にバックアップしているため、みんな喜んで食事作りに参加している。

 清美さんと夕太郎さん夫婦の子どもも、自分たちの幼稚園に通わせるだろう。その四年後の入園にそなえて、その子に聴かせる最初の落語会を、誰が演るかで一悶着あった。朝太さんと圓馬さんは、自分の噺を最初に聞かせる、といって譲らなかったのだ。でも、つい先日、人間国宝になった先代の会長が「小児は白き糸の如し。最初に聴かせる噺はきちんとした芸でなくちゃいけない。あたしが演る!」鶴の一声だった。朝太さんはもちろんのこと、協会が違う圓馬さんも逆らうことは出来なかった。

 みんなに可愛がられ、期待されて生まれてくる子ども。美代ちゃんがそっと教えてくれた。清美さんのお腹にいるのは、男の子で名前も決めてあるそうだ。噺家になる前か、噺家になった後か、この子は悩むかも知れない。そんな時は相談に乗ってやろう。彼の疑問に答えてあげよう。
『僕は噺家になるために生まれてきたの?』
 そう問いかける彼に伝える僕の答えは、もう決まっている。

『君は噺家になるために生まれてきたんじゃないよ。
 生まれるず〜っと前から噺家だったんだよ。清太郎(せいたろう)君』

 夢幻圓喬三七日 完

作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢