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夢幻圓喬三七日

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十七日目:平成24年12月8日 土曜日



 
「お婆さん、金太を見掛けたことはありませんか」
「ああ、可愛い子だったがオヤオヤそうか自分の年を取るのは分からないけれども、子どもを見ていると自分が年を取るのが分かるねぇ……」
 女の人が金太を探しているところからすると、女の子別れかな。幼稚園での落語会でやるのかな? いくらなんでも園児にこの噺は理解できないと思うのだけど。
「幼稚園の落語会で女の子別れを掛けるんですか?」
「さすがに子どもには少し無理があるだろう。拵(こしら)え直せないかと思ってね」
 どこをどう直すのだろうか? 興味はあるが今日も朝から予定が詰まっている。支度を済ませると、美代ちゃんと待ち合わせている都電への乗り換え駅へと急ぐ。

 三人で都電に乗ると、美代ちゃんから師匠の最終日に開かれる落語会の場所が決まったことを教えられた。
「社長からメールで連絡がありました。時間は3時から3時間で場所は……」
 そういって今待ち合わせた駅の近くにある、先日、耳抜きの練習に訪れた施設名を美代ちゃんは口にした。
「あすこは落語会なんかも出来るんだね」
「ええ、よく落語会があるみたいですよ。定員が200名のホールを押さえたようです」
 200名って多すぎないか? この疑問は美代ちゃんの次の言葉で氷解した。
「社長が東京だけでなく大阪の社員も動員するからその大きさのホールにしたんだって」
 平日だから全社員とはいわないまでも、かなりの人数になるのだろう。神林さんの意気込みを感じる。
「そりゃ気合いが入るな。3時間だと何を演るかな? あの二人にも声を掛けてみるか」
「3時間といっても開場から閉場までですから実質は2時間ちょっとだと思いますよ〜」
 そりゃそうだ。

 桑の木幼稚園では、子どもたちの元気な声が聞こえている。師匠も明るく「はい! おはようさん」園児たちと挨拶を交わしながら園長室へと案内される。園長さん清美さん親子と向かい合わせに三人が応接セットに座ると
「早速ご支援の声をおかけいただいて、お礼申し上げます」
 清美さんがそう言って、二人揃って頭を下げてくれる。
「頭をお上げください。まだ具体的に何かが決まったわけではないですし、中心になって進めるのはお二人なんですから」
 美代ちゃんはやっぱり大人だった。具体的な話に舵(かじ)を取る
「それで、こちらでの落語会ですが、柴田さんのご都合もありますから、日時を決めませんか?」
「そうですね。今から保護者の方たちに連絡するとして、早くて月曜日、余裕を持って火曜日が……」
「でしたら、火曜日にしましょう。それとこれは我が社からの提案なんですが、その落語会には園児や保護者の方だけでなく、小さなお子様を持つ方たちにも声を掛けていただきたいのです。お母さん方のネットワークを使って可能でしょうか?」
「それは将来、この園にお子様が通ってもらえる可能性があるご家庭、ということでしょうか?」
「そうです、そうです。もちろんお母さまやお父さまだけでなく、お孫さんを持つお爺ちゃん、お婆ちゃんも歓迎です」
「では、そういう主旨のことも保護者の方にお伝えします」
「よろしくお願いします。具体的に火曜日の何時からにしましょうか?」
「通常はお昼が終わって昼休み後の午後2時が降園時間になります。午後七時まで預かり延長の方もいらっしゃいますから、時間はまちまちなんです」
「ではその降園時間の午後2時からにしましょう。それと、時間は……、柴田さん! どれくらいみればいいですか?」
 美代ちゃん主体でどんどん決まっていく。
「子どもたちはあまり長いとダレるから、10分でおさめますよ」
「うちは月に一回落語会をしているので、園児たちも多少は他のお子さんよりも聞き馴れていると思います」
 そうだった。落語や三味線などを情操教育に取り入れてるんだった。やっと僕に発言のチャンスがやってきた
「いつもの落語会ではどんな噺をしてるんですか?」
「子どもでも分かる小咄が多いです。たまに寿限無(じゅげむ)とか時そばの一部ですとか、園児が飽きないように工夫してもらってます」
 それが情操教育にどんな役に立つのかは僕には分からない。でも、師匠は思うことがあったようだ。
「では15分ください。それで皆さんに満足いただけるような噺をします」
 これで、今日の打合せは終りかと思ったが、美代ちゃんがさりげなく清美さんにたずねた
「明日のご予定は何かありますか?」
「……、実は明日は不動産屋さんに頼んでいた引越し先を見に行くことになってます。前からお願いしていたので、今更お断りするのも悪いと思いまして、私だけで見に行くつもりです」
 園長さんと清美さんはばつが悪そうにしている。
「どちらまで行かれるのですか? よかったらご一緒したいのですが……」
 美代ちゃんは随分と積極的に関わっている。きっと何か目的があるに違いない。
「それは構いませんが、少し遠いんです」
 清美さんの口からは房総半島の駅名が告げられた。東京から、ましてやここからだとかなりの距離だ。
「そこで、こちらの不動産屋さんに紹介された、向こうの不動産屋さんと落ち合うことになっています。そこから現地まで案内していただく予定です」
「随分と遠いいですね。何か理由がおありですか?」
「この近所は思い出が多すぎますから……。それに昔の実家が海のそばだったもので、母が海の近くを希望しまして」
 それまでは戸惑いがちだった清美さんの顔に、初めて寂しそうな感情が浮かんだ。
「でしたら車があった方が便利でしょう。河井さん! 車の手配をお願いできますか?」
「おお、そうしよう! 長い道中人数が多い方が退屈しなくて良いからね」
 師匠も乗り気だ。当然、僕に拒否権などはない
「父から借りますよ。小さいですが四人なら問題ないでしょう」
 明日の待ち合わせ時間を決めて、僕たち三人は幼稚園をあとにした。

 大将の店では、なんと若朝さんが店を手伝っていた。
「小咄の一つか二つでも聞かせてくれりゃいいって言ったんだけど、手伝うってきかねえんだよ」
 大将が嬉しそうに話している。盛り蕎麦を三人で食べ終わるころ、朝太さんが顔を見せた。師匠たち三人が二階で稽古をしている間に、美代ちゃんが今日の打ち合わせの補足を始める。
「昨日社長が、馬を水辺へ連れて行くことは出来ても、水を飲ませることは出来ないって言ってたんだけど、その通りね」
 桑の木幼稚園の園長さん親子のことだろう。話の続きを黙って聞く。
「やる気がないって言うよりは、諦め半分、戸惑い半分って感じよね。ここ二日で動き始めたことだから無理もないんだけど……。社長からは、あの二人がやる気になってくれれば、成功したも同然だって言われたわよ。だから明日も一緒に行くことにしたの。それだけ社長はあの幼稚園の支援には自信があるってことなんだけどね」
「神林さんはどんな案を持っているの?」
作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢