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夢幻圓喬三七日

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 なんで、本当って付けちゃうんだろう。師匠がフォローしてくれる
「そりゃ、本当に旨いからだろう。確かに見た目は少しあれだが、間違いなく旨いよ」
「本当ですか? あっ」
「それに河井君からお美代ちゃんの料理はどんな物でも、旨い旨いって食べてくれって言われているからな。でも世辞抜きで旨いよ」
「そんなこと言ってたんだ。せっかく忘年会の裏話持って来たのに、教えるのよそうかなぁ」
「裏話ってなに? 教えてよ」
「あのね、部長が言ってたけど、社長が忘年会でなんの噺を予定しているかって聞いたでしょう?」
「ああ、あの電話の時だよね」
「そうそう、あの時に柴田さんが普通の落語っていうの? なんか普通に笑いのある噺を言ってたら、社長は断わるつもりだったんだって」
「じゃあ、福禄寿で良かったんだ?」
「社長は福禄寿って聞いて即決したみたい。どんな噺なの?」
「確かに笑いは少ないっていうか、ほとんど笑いはない噺だよ」
「そんなつまんない噺で大丈夫なの?」
 師匠すんません。彼女の落語に対する知識はこの程度です。これも一緒に寄席に行かなかった僕の責任です。師匠は苦笑いしながら美代ちゃんに話しかける
「まあなんだ、聴く人によって、色々思うところがある噺だよ。その日は高座以外を少(すこぉ)し暗くすることは出来るかい」
「高座って柴田さんが落語をするところですか? それ以外を暗くするのは出来ますよ。仕切りの総務にお任せ下さい」
「頼もしいね。頼んだよ」
 それからは三人で飲みつつ、美代ちゃんがネットで検索して疑問に感じたことのQ&Aとなった
「柴田さんは村正って呼ばれていたんですか?」
「なんだそりゃ、初めて聞いたぞ」
「ここに書いてありますよ。圓朝は研いだ正宗、二代目圓馬は研がない正宗、圓喬は村正だって、剣豪の榊原鍵吉(さかきばらけんきち)っていう人が云ってます」
「榊原鍵吉って剣豪っていうより興行師だぞ。流行(はやり)の撃剣会なんかをやってたけど、いろんな興行もやってたよ。俺が子どもの頃は笑覧会ってのを、びっくり下谷の広徳寺前の自宅でやってな。それが、飛んでもない物ばっかりだったよ」
「どんな物があったんですか?」
「小野小町の湯呑みとか浦島太郎の魚籠(びく)と釣針だろ、それと日蓮上人が母親へ送った文なんてのもあったな。師匠に連れてってもらって大笑いしたよ。晩年は榊原亭って講釈の寄席もやってたな」
「でも、剣豪だったんでしょ」
「御維新までは剣一本で喰えたんだろうけど、それからは辛かったろうな。俺が若いときに亡くなったよ」
 調べたら、明治27年にお亡くなりになっていた。圓喬師匠が28歳の時だ。
「柴田さんの若い頃の高座しか知らないんですね」
「ああ、俺も若い頃は噺で客を殺すことしか考えていなかったからな」
「そんなこと考えたたんですか?」
「圓朝師匠がお客を怖がらせたり、感動させたりしてるのを見て、俺ならその上をいって客を殺してやるってな」
「噺でお客さんを殺すってどうやるんですか?」
「そんなこと知るかよ。単にそう思っていただけだよ。なんたって若かったからな。十五の時だ」
「十五歳でそんなこと考えていたんですか?」
「そんなことしか考えていなかったし、まわりの奴等が馬鹿に見たよ。だから師匠に上方に修行に出されたんだよ」
「圓朝師匠に叱られたんですか?」
「叱られたなんてもんじゃなかったよ。このままではお客の命どころか、寄席の命も、お前の命も縮めるってな」
「圓朝師匠がおっしゃったのはどういう意味ですか?」
「丁度その頃、珍芸四天王が出てきて、寄席に来る客筋が変わり始めていた頃なんだよ」
 珍芸四天王を検索すると、なるほど今の寄席から考えても確かに珍芸だ。しかも凄く人気を博していたことがわかる。
「とにかく、笑わせればいいという四人の芸に対して、どうだ俺の噺を聴いて平伏しやがれ、って芸だからな。楽屋から寄席から総スカンだよ。師匠には、いずれお前の力が必要なときが来るから、それまで少しのんびりしろ、って云われて東京を離れたのが十七(じゅうしち)の時だ」
「そんな歳で東京を離れて大丈夫だったんですか」
「実は、噺家をやめようかとも思っていてね。うじうじと考えているうちに、名古屋で橘之助なんかの一座を見かけてな。色々あったけど結局は噺家に戻ったよ。それからは橘之助と一緒に名古屋、大阪と興行してまわったな。東京の寄席と違って毎日が独演会みたいなもんだから楽しかったよ。橘之助と俺で面白いように客が呼べたからな。三年以上名古屋・大阪・京都と興行してその土地の言葉も覚えたよ」
「それから許されて東京に戻ったんですか?」
「徴兵検査があったから、一旦東京に帰ったんだけど、その時に師匠から許されたんだよ。徴兵検査は病気が見つかって戊種(ぼしゅ)不合格だったけどな」
「なんの病気が見つかったんですか?」
「気管支炎だよ。それまで、時々咳き込んだりしてたけど、そんなに酷くはなかったんだよ。まあ、軍隊では伝染(うつ)るかもしれないから不合格だ」
「当時は治らなかったんですか」
「大した薬もなかったからな」
「話すのは大変な時もあったんじゃないんですか」
「上方の水が合ったっていうのかな、喉に無理をさせなければほとんど気にならなかったな」
「無理をさせられないから、圓朝師匠の呼吸は諦めたんですか」
「ああ、幾つかの噺も諦めた。あの呼吸じゃなけりゃいけない噺があるからな」

 美代ちゃんは帰りがけ、和室の圓馬さん圓さん、お二人に声をかけていた。
「お味はいかがでしたか〜?」
 明日は現代の圓馬さんと朝太さんとの対面 不安を覚えつつ七日目が終わる

作品名:夢幻圓喬三七日 作家名:立花 詢