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On s'en va ~さぁ、行こう!~ 後編

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9.『Il vient Camus voir』(彼はカミュに会いに来ます)


洒落た音楽、人々の歓声、落胆のため息、上品な笑い声、ワイングラスが触れる音。
その音に混ざって、運命の樹脂球が投じられたルーレットが軽快な音を立てる。からから回る。
クルーピエの指先から放たれた玉を追うように、豪奢な衣装に身を包んだ紳士淑女が、グリーンのフェルトに描かれた黒と赤のマスにコインと欲と見栄を積んでいく。
「シュラ、次はどれに貼るのだ?」
カミュがシュラにそっと尋ねる。シュラはぶっきらぼうではあるが自信たっぷりに、
「黒の13」
回転するルーレットを眺めながらコインを積む。
やがてスローダウンするルーレット。玉は何度かバウンドしながらしっかりとあるポケットに収まった。
「Noir,treize!」
黒の13のポケットに、クルーピエの手から放たれた玉が危なげもなく収まっている。
ギャラリーから沸き上がる歓声。これでシュラは5回連続でルーレットで勝った事になる。
カミュは当初、シュラがテレキネシスを使ってルーレットを支配するのでは?と危惧していたのだが、シュラは根っからのギャンブラーだった。
テレキネシスや小宇宙を一切用いる事なく、全ての勝負に実力で勝っているのだ。
山羊座が堅実だとは誰が言い出したものやら。
カミュの赤い唇から、ついため息がもれてしまう。
そんなカミュの事など知った事ないと言わんばかりにタキシードのポケットから煙草を取り出し、慣れた手付きで火をつけるシュラ。
手元にある灰皿には、JPSの吸い殻が彼が稼いだコイン程堆く積まれている。
「それにしても……」
カミュはしげしげと、ルーレットの台で煙草片手に自信たっぷりに微笑むシュラを眺めた。
デスマスクとは別の意味で、実に柄が悪い。とてもではないがアテナの聖闘士には見えない。
だが、それがシュラにはとてもよく似合っているのも事実だった。
「Monsieur,Priere de ne pas fumer!」(ムッシュ、タバコを吸わないで下さい)
「Excusez-moi」(悪かった)
新しく台に就いた若い女性に注意され、苦笑してタバコを灰皿に押し付ける。
そういうスマートな対応も、彼はできるのである。いつもミロのお守に手を焼いているカミュとしては、少々新鮮な光景だった。
『私にも普通の同僚がいたのだな』
他の同僚が聞いたら明らかに抹殺ものの感想である。
だがカミュを責めるのは少々酷だ。日頃から天蠍宮の守護者であるやんちゃ坊主にほとほと手を焼いているのである。
まともな大人として振る舞えるシュラを見て、やや論点のずれた思いを抱いても仕方あるまい。
「さて、と」
カミュに目配せしたシュラは、灰皿と換金用の札を持つとルーレットのテーブルから離れる。
「どうした?」
「あまり稼ぎ過ぎてもアレだからな。バーで一旦休憩しよう」
というのは建前で、本音はただ単に酒が飲みたかっただけに違いない。
カミュはもの柔らかく微笑むと、彼にしては珍しく冗談を言った。
「勿論、シュラの奢りだろう?」
「たまには、な」
シュラのくわえた煙草がやや上に持ち上がったのは、唇の端ををきゅっと上げたためだろう。

グラン・カジノはただの賭博場ではない。
ショーやレビューが楽しめるル・キャバレーと呼ばれる劇場や、軽食を楽しめるバーも完備されている。
二人は落ち着いた雰囲気のバーの奥まった二人がけの席を陣取ると、ワインとチーズの盛り合わせを注文した。
モナコは元々フランス文化圏なので、美味しいワインが味わえるのだ。
「A Votre sante(アヴァートルサンテ=乾杯)!」
「A Votre sante!」
ワイングラスが硬質な音を立てて触れ合う。シュラは赤、カミュはロゼ。
一気に飲み干した後、シュラは煙草を取り出し火をつけた。酒を飲んでいると、何故か煙草が欲しくなる。
カミュは紫煙の向こうに燻る同僚の姿を見ながら、
「吸い過ぎは体に毒ではないか?」
「だろうな。だが、止められん」
「氷河やアイザックには見せられんな」
「また弟子の話か」
苦笑するシュラ。この若いフランス人の同僚は、何かにつけて弟子の事を気にかける。
本当にこいつは二十歳の若者なのだろうか?少々所帯じみてはいないか?
長く伸びた煙草の灰をポンと灰皿に落とすとからかうかのように、
「なぁ、将来氷河が嫁さんもらうとか言い出したらどうするつもりだ?」
「ううむ……そうだな」
細い眉毛を顰め、真剣に考え出すカミュ。グラスを持つ手が固まっている。
「そうだな。さしあたっては、祝福するのではないか?」
「祝福すると言いながらも、表情が暗いぞ」
喉の奥でクックと笑う。
シュラに笑われたカミュは不服そうに眉間に皺を寄せると、グラスの中のロゼワインを一口含んだ。
弟子を育てた事のないシュラに、私の気持ちがわかってたまるか!と言いたげな表情だ。
「そんな顔するな。だからお前は他人に構われ易いのだ。クールがお前の信条だろうが」
「……私を構って楽しんでいる人間は、ミロくらいしかいないのだが?」
モナコのカジノで飲んでいても、目の前に存在しなくても、弟子の次にカミュが気にかける…イヤでも意識してしまう、思い出してしまうのは、天蠍宮の守護を担当する同僚の事であった。
そういえばモナコの紺碧の空と海、煌めくような黄金の太陽を見て一番最初に思い出したのは、見事な黄金の髪と青い瞳を持つあの男だった。
『私も相当洗脳されているな』
ここまでミロの事を意識していると自覚する。何故だかと苦笑したくなる。
全く、日頃はあんなに手を焼いているのに、どうして目の前にいないとこんなに彼の事を思い出してしまうのか。
人間とは実は無いもの強請りの生物なのかも知れない。
「だが、今日はミロがいないから安心して酒が飲めるな」
「…お前、相当ミロに悩まされているのだな」
「自分ではそうとは思っていないのだが、客観的に見るとそうかも知れん」
「たまには羽を伸ばせよ。胃に穴が空くぞ」
「そうだな」
シュラの同情するような視線を受けつつチーズを齧っていると、バーの外がにわかに騒がしくなった。
『不審者を捕まえろ!!』
『ドレスコード違反だー!!』
『パスポートも持っていないぞ!』
『挙げ句の果てに入場料も払っておらん!』
警備員がガヤガヤと怒鳴りたてる様子がかすかに聞こえる。
「何だ?」
不審に思ったシュラは、煙草を灰皿に置いて席を立った。
モナコ・モンテカルロ市は治安のいい街だ。ナイトライフを安心して満喫できるのも、この治安のよさに基づく。
それなのに、よりにもよってモナコ最大の警備と安全性を誇るこのグラン・カジノに不審者が潜入したなんて!
モナコ公国の信用問題に関わる。
厳しいセキュリティの網を突破しグラン・カジノに入り込んだ酔狂な人間の顔を拝んでやろうと、バーの外に出たシュラが見たものは。

「……………………」

10秒後、シュラは無表情で自分の座席に戻ってきた。
顔色がやや青褪めているのは、店内の照明の灯りだけのせいでは無いはずだ。
「どうした?何があったのだ?」
カミュの問いかけにどう答えるべきか、シュラは悩んだ。
ああ、言いたくない。きっとアレは夢だ、夢に違いない。もしくは、幻覚だ、幻だ。