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On s'en va ~さぁ、行こう!~ 後編

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14.『A un de ces jours』(また近いうちにお会いしましょう)


「で、なんでこうなるんだよ……」
レンタルしたマウンテンバイクのペダルを高速で漕ぎつつ、ミロはぼやく。
その隣にいたカミュは紅い髪を風になびかせながら、
「丸坊主にされた上、オケラになった方がよかったのか?」
「そっちの方がイヤだが……」
思いきりぶうたれた表情のミロは唾を飛ばしながら、
「どうしてカミュはシュラの運転する車に乗っていて、オレは自転車なんだ!」
「仕方ないだろう?この車は2シーターなのだからな」
サングラスにくわえ煙草という、どこから見てもその筋の職業としか思えないような出で立ちのシュラが鬱陶しげに答える。
そうなのである。カミュから1日モナコ観光OKの返事をもらったミロであるが、どういう訳かシュラ同伴。
(やはりミロと一緒にいると極度の精神的疲労を感じるためらしい)
『折角だから市内を車で走ってみよう』とカミュが提案したのはいいが、レンタカー店にはフレンチブルーのルノー・スポールスピダーしか置いていなかった。
そのためレンタカー店の店先で、
「2シーターだから、1人乗れんな」
「じゃ、カミュが運転してオレが助手席。シュラは留守ば……ムグッ」
「シュラ、済まない。免許を聖域に置いてきてしまったので、運転を頼めるか?」
ミロの口の中にスタンドで買ったクレープを捻り込み、無表情で淡々と告げるカミュ。
シュラはそのカミュの無表情具合が怖かったが、ふぅ…とため息を付くと、ミロを完全においてけぼりにしたような口調で、
「了解した。では、どうせだからF1のコースを走ってみるか」
「あまりスピードを出すなよ」
「わかっているさ」
ガルウィングのドアを開け、二人は車に乗り込む。それを見たミロは慌てふためき、
「ちょっと待て!オレは、オレはどうなるんだよ!!」
「黄金聖闘士だろう?走って追い付いてこいよ」
シュラはそれだけ言い捨てるとキーを回しアクセルを踏んで、その場からさっさといなくなってしまった。
ルノーエンジンのクールな排気音が遠ざかる中、ミロは激しく地団駄を踏んだが、目敏くレンタルサイクル店を発見すると、まるで強盗にでも押し入るかのような勢いで店に飛び込んだ。
「シルブプレーーーーーッ!!!!!」
突然ドアが激しい音を立てて開き、黄金の髪の若者が猛牛のように店内のカウンターめがけて駆け込んでくる。
「Wouah!!!!」(ギャァァァ!!!)
あまりの事に叫び声を上げ、がたがたと震える店主。
体格のいい若い男性が何かを叫びながらいきなり駆け込んできたのでは、誰だって肝が冷えるし、絶叫だってしたくなる。
「オン プ ルエ エン ヴェロ!?」(On peut louer un velo?=自転車を借りられますか?)
「パ・・・Pardon?」(何とおっしゃいました?)
ミロは焦っているのか、もう一度ブロークンフレンチでまくしたてた。
「オン プ ルエ エン ヴェロ!?」
「う、Oui,bien sur……」(はい、もちろん)
「メルシィボーク!」
ジェスチャーと迫力と下手なフランス語でマウンテンバイクを借りたミロは黄金聖闘士の足を活かし、3分程でシュラ達の車に追い付いたのであった。
「シュラ、もう少しスピード落とせーッ!!!」
バックミラーに映るミロが何か怒鳴っているが、カーステレオから流れる大音量のジプシーキングのせいで、何を言っているかははっきりと解らない。
もっともシュラの事だ。聴こえていても無視しているだけかもしれないが。
「意外だったな……」
灰皿に煙草の灰を落としつつシュラが呟く。
「ミロのフランス語も、それなりに通じるのだな。モナコで自転車を借りられるとは、大したものだ」
かなり皮肉っぽい口調ではあったが、珍しくミロを誉める。カミュは淡々と、
「あれ位できなくては、私の苦労は報われない」
「まぁな。だがお前……」
「何か?」
「表情が柔らかいぞ」
「え?」
シュラに指摘されるとカミュはやや身体を右に傾け、サイドミラーをのぞいた。
しかし風に煽られる紅く長い髪に顔が隠れ、自分で自分の表情を確認する事ができない。
車のシガライターで新しい煙草に火を付けたシュラは、
「まぁ、いいさ。俺は平和な駐留生活が過ごせればいいのだからな」
「そうだな。私も多少は自制する」
紅い睫が静かに伏せられる。男にしてはやけに色気のある目許だと、そのケがないシュラでさえ思う。
「……とはいっても、お前はしばらくシベリアに戻るのだったな」
「ああ。氷河達の強化合宿があるのだ。一応月に一度ほど報告書を提出にこちらに出向するが、泊まらずに帰る」
「弟子持ちは大変だな」
皮肉でもなくシュラは呟いた。それを受けたカミュは柔らかく微笑む。
「だが、次世代の聖闘士を育てるという達成感はあるぞ。シュラも弟子を取ってみたらどうだ?」
「俺はまだムウやお前のように所帯じみたくないのでな。丁重に遠慮しておこう」
「失礼だな」
不服そうに眉間に皺を寄せるカミュは、シートからやや身体をずらし、肩越しに振り向く。
視線の先には、ランス・アームストロングもビックリのスピードでスポールスピダーを追い掛けるミロの姿が。
それを見て、カミュは思う。
「今回の旅行は色々あったが、結構楽しめたな」
「そうか?」
シュラのくわえた煙草の灰が、風に乗って流れていく。
「俺としては散々だよ。グラン・カジノは追い出されるし、ろくな事がなかった。しばらくはカジノに行けんな」
「私は結構楽しめたぞ。また訪れたいものだな」
「お前がそう言うのなら、俺としては何も言えんが……」
「シュラー!!もっとスピード落とせーッ!!自転車で追いかけるのも楽じゃないんだよ!」
カミュのすぐ横でミロが叫ぶ。シュラはちらっと横目で眺めた後、煙草を灰皿に捨てる。
「シカトするな!!」
「運転中に横で騒ぐな。気が散る」
「聞こえてんじゃないか!!」
自分の右側でギャーギャー騒ぐミロをカミュは呆れたような、諦めたような視線で眺めた後、綺麗なフランス語でこう告げた。
「C'etait tres agreable de passer un moment ensemble」
「?」
カミュのフランス語が解らなかったミロ。シュラは理解できたのか苦笑いしている。
シュラの表情からカミュが何か素敵な事を言ってくれたと察したミロは、ニヤニヤとチェシャ猫笑いを浮かべると、
「カミュ、どうせだからギリシャ語で言ってくれよ」
「断る。私の講義をきちんと聞いていれば、この程度のフランス語はわかるはずだ」
「冷たいぞ!!カミュ!」
「シュラ、そろそろモナコ大公宮殿に向かわないか?そろそろ衛兵交代式の時間だ」
ミロの言葉を無視して、カミュは運転手にリクエストする。
シュラは軽く頷くと、車をモンテカルロ市内から宮殿のあるモナコ・ヴィル(旧市街)に向けた。
「あ、ちょっと待て、変なところで急に曲がるなーッ!!」
怒鳴るミロをおいてけぼりにして、颯爽と走り去っていくスポールスピダー。
シュラは新しい煙草に火を付けながら、からかうかのように助手席の麗人に問う。
「お前、『御一緒できて楽しかったです』などとミロに伝えるとは、どういう風の吹き回しだ?」