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ザ・定年

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孝代のケース


「孝代ちゃんのところは定年がなくていいわね」
「まあね、もう店が私たち夫婦の終の棲家のようなものだから」
「それにしても、ご主人といつも二人、仕事もプライベートもずっと一緒ってすごいわよね。四六時中顔を突き合わせていて、よくケンカにならないわね」
「主人は厨房で格闘、私はお客の応対でてんやわんや、夫婦喧嘩なんかしている暇はないわ」
「でも、仕事が終われば普通の夫婦でしょ?」
「もう夜はくたくた、朝は早朝から仕込み。優雅にケンカなんてしていられないのよ」
 
 孝代の店の定休日の約束の日は、あいにくの雨だった。舗道に打ちつける雨粒が跳ね返り、道行く人の足を濡らしている。帰る頃には小降りになるといいのだがと思いながら、紅茶を口にして話題に戻った。
「自営の人の離婚て少なそうよね。やっぱりいつも近くにいるってことは大事なのかしらね。サラリーマンなんて朝一歩家から出たら、夜帰って来るまでどこで何をしているかわからないわけだから」
「一緒にいるかいないかというより、同士ってことの絆で繋がっているんじゃないかな。だってそれこそ生活がかかっているんだもの」
「そうか、絆か……。隙間ならあるんだけど」
「何言ってんの。お互い信頼し合っているから、毎日離れていても長い年月やってこられたんでしょ?」
「どうかしらね。それにしても二人だけでお店の切り盛りなんて大変でしょう?
 そろそろ辞めてゆっくりしたいなんて思わないの?」
「それは思わないわね。だって、やめて一日何をしているっていうの?
 さすがに歳には勝てなくて、去年から定休日を一日増やしたけど、どちらかがもう無理だと言いだすまでは続けるつもりよ」
「ホント、働き者なのね」
「というより、主人の親から受け継いだ大切な店だし、私たちの人生そのものだからよ。
 子どもが生まれても乳飲み子を背負って店に立ったし、学校へ行くようになっても店の隅で宿題なんかやらせてた。子どもたちにとっても店が故郷のようなものだと思うわ」
「立派に育て上げて、二人に戻ったわけね」
「ええ、でも時々子どもたち、顔を見せがてら手伝っていってくれるのよ。大変そうに見えるんでしょうね。でも、決して辞めろとは言わないわ」
「お店があなたたち夫婦の生きがいだってわかっているのね、それに、いつまでも元気に働く親の姿を見ていたいのだと思うわ、お子さんたち」
「そうね。でも、そんなに理解してくれているわりには、誰も後を継ぐとは言わないけどね」
 孝代はそう言ってほほ笑んだ。
「ウチはとうとう来年定年よ」
「そうなんだ。でもサラリーマンは年金が多くもらえるからいいわね」
「昔はそうだったかもしれないけど、今は年金だけじゃ暮らしていけないわ。主人も再就職を考えているみたい」
「そう、なかなか悠々自適というわけにはいかないってことね」

作品名:ザ・定年 作家名:鏡湖