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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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赤秋の恋(美鈴)

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フキノトウ



 3月の人事異動で啓介は栃木県のY市に転勤になった。今では大型の電気店も成長期から下降気味に入っていた。赤字を出すライバル電気店もあるが、啓介の所はかろうじて黒字を確保していた。
 62歳で独身であるから、どこに転勤になっても良いのだが、生まれ育った水戸市に新築の家を買ったばかりであった。あと1年で定年だから、啓介は転勤はないと信じていたのだ。店長であるから赤字すれすれの店舗に配属されたのには、それなりの理由があってのことであった。
 水戸からY市まで通勤は無理であるから、Y市に借家を借りた。独身生活になれていたから、自炊も好きなのだが、何しろ、新しい職場に馴染まなければならない。売り出しの方法やキャンペーンの仕方も今までとは違ったものを幹部と話し合っていた。幸い大型店はY市には競合店はなかったが、30分ほどで宇都宮に行けるから、良い品が安ければ客はそちらを選んでしまう。
 大型店の欠点は、売りっぱなしである。こまめなサービスがないことなのだ。高齢者は金は持っているが、面倒なことはできなくなっている。啓介は短期間で業績を上げるには人手は必要になるが、この方法で勝負することにした。反対意見もあったが、責任は自分が負うからと言った。
 毎日が会議で遅く、休日であっても、今までのように料理を作る気持ちにもなれなかった。少し離れた場所に、惣菜店の小さな店があることが判った。客は歩道から注文していた。啓介はガラスケースを見た。豆の煮たもの。天ぷら。筍の煮もの。サラダなどがパックに入って並んでいた。1人の店員は客の応対を1人は調理をしていた。
 「お決まりですか?」
 店員が啓介に声をかけた。後から来た客より早くしてくれる配慮のようだが、啓介は天ぷらの中身が見ただけでは分からなかった。
「僕は買いたいものが決まっていませんから御先に」
 言葉をかけたその客が注文してから
「こちらの天ぷらは何でしょう」
 と、野菜の天ぷらを指しながら店員に訊いた。
「そちらはフキノトウになります。旬ですよ」
「ではそれと野菜サラダをください」
「二品ですね」
「はい。1人なものですから」
 その啓介の受け答えに、店員は笑みを浮かべた。
「またのお越しをお待ちしています」
 それから、啓介がその惣菜店に立ち寄るのが日課になった。
 総菜の旨さからなのだが、50歳くらいの店員の爽やかさも気に入ったのだ。
「どちらにお務めですか?」
「電気店ですよ。
「電気のことでお困りのことがありましたらご相談ください」
「良かったわ。録画したいの。安いのでいいわ」
「種類がたくさんありますから、店にお越しくださればご案内いたしますよ」
「適当なものを選んでくださいね。お店があるから、それに取り付けもできないですから、大きな電気店は売るだけでしょう。買ったことはあまりないんですよ」
「かしこまりました。僕が取り付けは致します。明日お届けします」
 翌日、外付けの録画機を惣菜店に持って行った。2点ほど用意した。前もって店の閉店時間は聞いてあり、約束の午後9時半に店に着いたのだ。店員の方の名前は待ち合わせの電話を入れた時に、鈴木美鈴だと分かった。
 彼女の家は市営住宅であった。啓介は彼女は結婚しているのだと思うと、少しがっかりした。爽やかさが好きだったのだ。
「母が介護施設に入ったものですから、1人で夜はつまらなくて、テレビとお話しているんですよ」
「結婚は?」
「いまだに独身ですわ」
「そうなんですね。市営住宅ですから、勘違いしました」
「母がおりましたから、入居条件は満たしていました」
「1人では本当に、テレビが話し相手ですね」
「慣れていますが、時々男の人がいればと思うんですよ」
「僕もそうですよ。女性ならおいしいものが作れるだろうなって思うんです」
「本当はね。録画機はそれほど欲しいものではなかったの」
作品名:赤秋の恋(美鈴) 作家名:吉葉ひろし