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レナ ~107番が見た夢~ 補稿版

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中廊下を歩いて行くと、ドアが開いている部屋がある。
 と言うよりも、こんな場所に来るにしてもかなり遅い時間なので、ほとんどの部屋のドアが開いている。
 そして、それぞれの部屋には一糸纏わぬ姿の女がいる、いや、正確には女の姿をしたクローン人間がいるのだ。


 哺乳類のクローンは20世紀末には既に成功していたが、当初は核を埋め込んだ卵子を雌の子宮に戻して育てさせる方法でだった、その後、人工的に育成できるようになったのが2030年頃、そしてC国でクローンの軍隊が登場したのが2050年頃のことだ。
 クローンは新生児の状態で生まれる。
 いや、生まれると言う言葉は、人口育成クローンの誕生には少々そぐわない、生まれると言うよりそれまで浸されていた培養液から取り出されるのだ。
 だが、誕生したばかりのクローンも赤ん坊であることには変わりはない、その後兵士として使えるようになるまでは20年近くかかる、と言う事はC国では培養液実験が成功してすぐに量産を始めたことになる、一党独裁国家ならではの動きの速さだ。
 一方キリスト教圏ではクローン人間の誕生にはかなり慎重だった、神の領域に踏み込む所業だと反対する向きも多かったし、実際、程度の差こそあれ、キリスト教を信じる者の気持ちの中ではやはり抵抗があったのだ。
 だがC国がクローン軍を投入して来たとなれば、A国やR国も手をこまねいているわけにも行かない、世界中でクローン兵士が作られるようになった……だが……。
 クローン兵士ならば替えはいくらでも効くとは言っても、新生児から戦える年齢まで育てなければならない、また、兵士の数よりもハイテク兵器の性能と数が決め手になる今の戦争では兵士の数はそう大きな問題ではない、したがって結果的にはそれほど戦略的意味を持たなかった、それでも陸続きで陸軍の重要度が高いC国、R国では継続されたが、A国ではその後、クローン人間の軍事利用は衰退して行き、むしろ別な方面にその技術は利用された。
 女性のクローンだ。
 もっとはっきり言ってしまえば売春婦専用のクローン。
 いや、実際のところ、春をひさぐ側のクローン女には客が付くことのメリットはないので性奴隷に近いのだが、性的なこと以外は何一つ教えられずに育ち、外部との接点は客だけ、そして売春施設で生まれ一歩も外に出る事のないクローン女たちは、自分たちが性奴隷なのだとは考えていない、ちゃんとした食事と快適な寝床が提供されるだけで不満を抱くような事はないのだ。
 男たちはその施設を『C-イン』と呼んだ。
 性犯罪がはびこっていたダウンタウンにC-インを作ると、性犯罪件数は劇的に減少した。
 ごく安価に性欲を処理できるからだけではない、クローン女は揃って美女なのだ……何しろ元になる細胞を様々なタイプの美女から採取すれば良いだけの事、何も不美人のクローンを作る必要はさらさらない。
 ただし、クローン売春婦の登場に伴って持ち上がった問題もある。
 手軽に性的欲望を満たせるようになると、男性側の結婚願望が一気に下降線を辿ったのだ。
 無論、結婚するカップルが皆無になったわけではない、しかし、デートやプレゼントに費やす金をC-インにつぎ込めば、男は性欲の処理にはほとんど不自由しないで済む。
 C-インの料金は、1時間コースならちょっと奮発したランチを食べる程度、一晩を過ごしてもカジュアルなレストランでディナーを楽しむ程度で済む、そのくらいならば稼ぎがそれほど良いとは言えない男でも、それなりに充実したセックスライフを送る事は可能になる、しかも相手はよりどりみどりの美女揃い、お気に入りの娘に入れ込むのも良し、また毎回のように相手を替えるのもよし、そこはリアルな世界と違って自由なのだ。
 恋愛、結婚にまつわるあれやこれやを味わいと考えるか、厄介なことだと考えるか。
 自分の子孫を残す事を喜びと考えるか、重荷と考えるか。
 男と女の熱い関係が、長年連れ添う内に穏やかな夫婦関係に変わって行くのを是とするか否とするか。
 後者を選ぶ男が増えても不思議はない。
 
 当然ながら、当初は女性からの非難も多かったC-インだが、その女性向けバージョンである通称C-ルームが登場するに至って、非難も矛先を失った。

 そして……。
 この世から『恋愛』や『結婚』は急速に減退して行くことになる。