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図書館の本を濡らしたら

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梅雨の間の出来事である。自転車のカゴにバッグを入れて、それがみるみる雨に濡れていくのを見ながら、おれはまいったなと考えていた。

気がかりなのは、その中に図書館で借りた本が二冊入ってることだ。けれどもまあ、この降りならば、たぶん大丈夫だろう――そう思って自転車を漕ぎ出した。

大丈夫じゃなかった。たちまち雨足が強まって、ザーッという物凄い降りになってしまった。帰り着いたところで見ると、二冊とも、ページに水が染み込んでゴワゴワになってしまっている。

明らかに二度と棚には置けないレベルだ。さてどうなるんだろう。謝れば許してもらえるんだろうか。それとも、弁償させられるのか。けど弁償と言ってもな……。

値段を確かめてみた。二冊合計三千六百円ばかり。しかしどちらも数年前に出たもので、おれが読んだ限りでは内容は既に古びているように感じた。

などと言っちゃいけないが、しかし図書館の本なんて特に資料的価値がなければ十年くらいで廃棄されるのが普通だろう。

その二冊は、どう見てもあと数年で捨てられそうなものなのだ。なのに全額弁償になるのか? それはちょっとな、という気がした。半分の千八百で許してもらえないもんかな。

そんなことを考えながら、梅雨の晴れ間に恐る恐る返しに行くと、言われたのは思いがけない言葉だった。

「これですと、同じ物を買って返していただくことになります」

「は?」

「書店でこれと同じ本を買って持ってきてください」

「え? え? え?」

「確認票を出しますので、同じISBNコードの本を書店でお求めになってください。ただし文庫版などが出ているようでしたらそれでも結構です」

「いや、あの、おれが自分で買ってこなきゃいけないの?」

「はい。そうしていただいております」

「え? そんな。なんでまた」

「そういう決まりですので」

「ええと……じゃあ、期限なんてあるんですか?」

「期限? 期限はありませんが」

「期限がない?」

言ったときだった。横からたしなめるように、「期限は一ヵ月」と言った別の図書館員がいた。どうやらおれがそれまで相手にしていたのは、その図書館では新米らしい。以後〈アラコメ〉と呼ぶことにしよう。

おれは古米株らしい図書館員に向かって言った。「一ヵ月ねえ。けどそんなの、ちゃんと持ってくる人なんているんですか?」

「はい。皆さんお持ちになります」

「嘘だあ……いえ、弁償はいいですけど、なんでそんな……」

「手続きしてよろしいですか?」

「はい」仕方なく言った。

結局、その〈手続き〉とやらはアラコメの仕事となったようだ。アラコメは確認票とやらを出し、ここにあるISBNがどうのこうのと説明を始めた。おれは一体何をグダグダ言ってやがるとだけ思って話を聞き流していた。

ICBM? 知るかそんなの。別に説明されなくたってそんなもん、そのレシートみたいな紙を本屋で店員に見せりゃいいだけだろうに。なんか知らんがその票にはバーコードもプリントされてる。たぶんそいつを〈ピッ〉とやれば、その店に在庫があるかがたちどころにわかるのだ。きっとそいつで万引きされてないかとか、絶版になっていないかとかの管理もされてるのだろうから、と――。

しかしそこでふと、頭に別の考えが浮かんだ。おれはアラコメに言った。

「ひょっとして、古本屋で探せばあるかもしれませんね」

「は?」

キョトンとして言った。おれは繰り返して、

「古本屋にあるかもしれない」

「は?」

またおんなじ調子で言う。こいつの『は?』はさっきのおれの『は?』じゃない。〈愛すてぃちょうだい〉の説明で頭がいっぱいいっぱいで、おれの言葉が右から左に抜けてる『は?』なのだ。

と言うより、元々こいつ、物を考える頭がない。

だってそうだろ。期限はあるかと聞かれて即座に『ない』と応えるくらいだもの。期限がねーわけ、ねーじゃねーかよ。一体、なんで、こんなやつを使ってるんだ。

だいたい、アイエスナントカより、もっと大切なことがあるだろ。期限以内に持ってこなけりゃ、おれはカードを無効にされて二度と本を貸してもらえなくなるのだ。なのにこいつはそれを説明しようとしない。元々、その点に気づいてないから、説明なんてしようがない。ちょっと考えりゃわかりそうなものなのに、そんな頭を持ってないのだ。

だが必ず、罰則はある。バックレたら本の貸出は停止される。まあ、そのときは棚から無断拝借すればいいことでもあるけれど――。

それはできない。顔を見られてるというのもあるが、事はそういう問題じゃない。古株の方が『皆さんお持ちになります』と言ったのは嘘でもなんでもないことをおれはもう理解していた。確かにブツを期限以内に持ってこないわけにはいかない。