小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

アレルギーと依存症と抗体と

INDEX|1ページ/33ページ|

次のページ
 

               友達以上恋人未満

 今年二十三歳になった井上あすなは、旅行会社で受け付けをしていた。昔から旅行が好きで、人と話すことも好きだったので、今の仕事には満足していたはずだった。しかしどうしても気になることとして、カップルでの旅行の対応が多く、シーズンにはそのほとんどが新婚旅行だったりするのは、ストレスを溜めてしまうことになった。
 二十三歳というと、そこまで結婚を焦る必要はない。あすな自身も、
――別に結婚を焦っているわけじゃないわ――
 と感じていた。
 それでも幸せそうなカップルを見ると、どうしても自分が乗り遅れてしまったように思えてくるのが辛かったのだ。人のことをまるで自分のことのように、悩みなどを分かち合うことのできるあすなには、仕事において損な性格以外の何物でもなかった。
――このままでは、ノイローゼになってしまう――
 同僚に話をしてみると、
「そんなの他人事じゃない。いちいち気にしていたら、身体がもたないわ」
 と言われた。
 そんなことは百も承知で、だからこそ悩んでいるんじゃないか。まわりの人に聞いてもらっても、らちが明くわけがない。しかも、皆の言うように本当に他人事だと感じてしまうと、今度は肝心の自分のこととなると、これも他人事に思えてしまっては意味がないというものだ。
 一つのことを思い立つと、立場が変わっても一貫して考えてしまうのもあすなの悪いところである。それでもなるべく余計なことを考えないようにして、いや、考えないようにしなければいけないという意味でも、誰かにそばにいてほしいと思うようになった。
 それは、結婚を意識するような人である必要はない。逆に仕事に関しては他人事で、それでいて、あすなのことをよく分かってくれている人、そんな人がいれば、余計な悩みによる労力を消耗することもなくなるだろう。
「都合よく、そんな相手なんているのかしら?」
 と呟いてみたが、よく考えてみると、お誂え向きの人がいるではないか。
 今までは、お互いに仕事が大変だろうから、あまり連絡を取っては悪いと思っていたが、こんな時こそ連絡してもいいだろう。
 その人は大学時代からの親友のような人である。
――親友のような人――
 という表現をしたのは、相手が男性だからである。
「男女間で友情というのは存在しない」
 という考えを聞いたことがあり、その時からその言葉を信じていたあすなには、その人のことを「親友」だとは言えなかった。
 その理由は、
「もし付き合っていた彼氏と別れたとして、彼氏と別れた後で、別れた人とそれ以降も友達でいることができる?」
 と友達から聞かれた時、皆二つ返事で、
「無理に決まってるじゃない」
「そんなのありえないわ」
 という言葉で一蹴するほどの愚問にしてしまったのである。
 さすがに二つ返事とまでは行かなかったが、その場が質問者と二人きりであったら、あすなも、後者の「ありえない」と答えていたに違いない。
 だから、あすなの頭の中で、
「友達以上恋人未満」
 というのは、付き合い始めでしか考えられない。
 つまりは、この言葉には、親友という発想はまったく含まれていないのだった。
――相談してもいいかな?
 と思っている相手は、
「友達以上恋人未満であるが、親友ではない」
 と言える相手だった。
 相手がどう思っているかは分からないが、自分の中で彼のことを友達以上には思えないと感じると、相談するのも気が楽だった。相手がもし相談に乗ってくれるのであれば、それはあすなからの押し付けではないということを示しているからだ。
 大学を卒業してから三年が経っていたが、その間に会ったのは二、三度くらいだっただろうか。そのすべてが卒業してから一年以内、ほぼ二年以上はご無沙汰ということになる。お互いに相手が忙しいのではないかと思っていたからだ。
 一度そう思って連絡を渋ってしまうと、その後思い立ったとしても、自分から連絡を取ることはない。自分の殻の中に閉じこもってしまうからだろう。
 子供の頃からの仲だが、ずっとお互いに異性として意識していないつもりでいた。友達としては、会話も弾むし、自分の期待している答えをキチンと返してくれる相手は、同性であってもなかなかいないだろう。
 彼の名前は上杉昭雄、年はあすなと同じ二十三歳である。
 そんな上杉があすなのことが気になって仕方がない時期が大学時代にあった。それは三年生の時で、それまで見たことがないような思い詰めた表情であすなを見つめると、彼はおもむろに口を開いた。
「あすなは俺とのことをどう思っているんだい?」
 親友でも恋人でもない相手と名前を呼び捨てで呼び合える。そんな思いを二人はくすぐったく感じ、まんざらでもない気持ちになっていた。
「どうって、友達以上恋人未満でしょう?」
 元々最初にこの言葉を口にしたのは上杉の方だった。お互いに名前で呼ぶようになる前のことでまだ一年生の頃のことだった。そしてその時の会話はこうだった。
「私たちって、まわりから見ると、どんな関係なのかしらね?」
「恋人同士に見えるんじゃないか?」
 あすなとすれば意を決して、思い切って聞いたつもりだったのに、彼の回答はどこか他人事に感じられ、少し癪だった。
「そうかしら? あなたはどうなの?」
「そうだなぁ、恋人同士ってハッキリと口に出して言われると、きっとその気になった態度を取るんじゃないかな?」
「じゃあ、今は恋人同士という感覚ではないと?」
「そうだね。妹という感じでもないし、ただの友達でもない。そうだ『友達以上恋人未満』なんていう都合のいい言葉があるじゃないか」
 上杉は頭がいい。あすながどんなに相手を苛めようとする質問をぶつけても、ちゃんと言葉で返してくる。投げたボールは返ってくることを予想せずに投げているので、返ってくると、どうしていいのか分からない。
 ただ、あすなは上杉のことをほとんど何も知らない。あすなの前で見せている態度を他の人は分かっているのだろうか? もし、上杉のような男性と恋愛感情から先に浮かんでくれば、きっと違った雰囲気になっているに違いない。あすなと上杉の最初の感情に、恋愛感情は本当になかったのだろう。
 だが、他の女性は今あすなに応対しているような上杉を好きになったりするだろうか?
 彼が口にした、
「友達以上恋人未満」
 という関係の相手を、上杉が本当にそんなにたくさんほしいと思っているとも思えない。上杉は、男性女性を含めて、友達の少ない人だ。他の人と一緒にいるところを見たことがない。実際に大学二年生の途中くらいまでは、ほとんど二人は一緒にいて、大学の中で他の人と一緒にいるところなど、あり得るはずなどなかった。
 それなのに、上杉のことを何も知らないと思ったのは、最初に、
「友達以上恋人未満」
 という言葉を言われたからに違いない。
「どんなに近づこうとしても、ある程度から先は、彼が近づけようとしないんだ」
 という思いに至らせる。