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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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04



少年を保護したのは、同じ階の七軒ばかり離れた宅の主婦だった。買物に行こうと外に出たところで通路に、銀色のアルミホイルみたいなものを体に巻いた子供がいるのを見つけたと言う。

最初はそれこそアルミホイルか、何かそういう変わった雨具なのかと思った。近づいてよく見ると、それが〈防寒シート〉などと呼ばれるペラペラしたフィルムとわかった。

平成の昔からどこでも安く売られてきたお馴染みのものだ。『熱を逃がさぬ効果がある』と言われるが、それ一枚きりではさして役に立つはずがない。

だが少年は、他には下着一着だけのほぼ裸の姿だった。手足は細く、まるで何も食べてないかのように痩せこけていた。

〈まるで〜かのように〉? いや、そんな生易しい言葉で表現できるものではなかった。これで生きて歩いてるのがとても信じられなかったと言う。銀色のフィルムは血が付いていて、少年の手が血まみれであるのもわかった。

彼女もその宅の噂は聞いていた。あの扉の奥では絶対に子供が虐待されていると……だから、それがこの子であるというのはすぐに察しがついた。彼女は急いで子供を自分の家に入れ、傷を手当てし毛布を身に巻いてやった。

そうして警察に報せる前に、温かいスープでも飲ませてやろうとしていたところで、外をバタバタ飛んでるヘリの《POLICE》の文字に気づいたという。

警察は人を疑うのが商売だから、おれ達のような特殊部隊の人員であっても、市民の言うことをすぐ簡単には信用しない。おれと零子で管理人のおっちゃんを担ぎ上げて引きずって、防犯カメラの映像を調べに行った。その主婦の話はどうやら本当らしいとわかった。

少年は、おれ達が着く10分ばかり前の時間に、自力で脱出していたのだ。

その子は医療班員がヘリで吊り上げて運んでいった。まだ安心することはできない。とは言え、保護がありスープを飲ませてもらっていたとかいうのは、本来の時間の流れと大きく違う。少年が命永らえてくれるのを願う以外にもうおれ達にできることは何もなかった。

後の処置も近場の刑事に任せるだけだ。報告書を書くためにゲンジョウをざっと見ただけで、所轄のデカさん達が来るのを待つことにした。ヘリは『近くの草野球場にでも降りてるよ』と告げて多摩川の方へ飛んでいった。

「じゃあ、あたしも買物に――ってわけにはいかないんだろうね」

と子供を保護した主婦――ひらがなで言えば〈おばちゃん〉が言った。

「はあ、すみません。お願いします」

「いいけどさ。やだねえ。どうも、虐待なんて。人間のすることじゃあないね」

なんか、口調が江戸っ子っぽいな。この川崎なんてのは江戸の下町みたいなもんでもあろうけど。

「この辺には長いんですか」

「あたしかい? あたしは元々、川の向こう、ほら、あそこに大きな建物が見えるでしょ。飛行船のなんとかよ。あたしあの辺で生まれたの。でそのまま結婚してずっといたんだけどね、あれを建てるから立ち退いてください――ってんで、これよ。お金もらってここに住むことになったんだけど、こんな高層(たか)いとこは目も眩(くら)むよねえ。イヤだよもう。布団干しててパンパーンと叩いてるうち下に落っこっちゃうんじゃないかと思って」

「はあ。そのときは我々が救けに来ることになると思います」

「冗談よ。そんなの本気で心配しちゃいないやな」

どうも、〈下町の江戸っ子〉と言うより、時代劇の長屋(ながや)のおかみさんのような……。

「けどなんだね、あたしがホントちっちゃい頃は地上げだなんて話があってさ、この辺りはずいぶん家が売られたそうだね。その頃に家を売って立ち退いた人はさ、バブルってえの? あたしゃよくわかんないけど、なんだかえらいお金もらっておかしくなっちまった人も多いってから怖いよね。物価の安いオーストラリアに移住だてんで日本捨てて行っちゃった人が知ってる中に何人もいるってあたしのおっかさんが言ってたよ」

「おっかさん?」

零子が怪訝な顔で言ったが、おばちゃんには聞こえなかったようだった。

「まああたしも結局こんなとこに住んでいるんじゃあ、人のことは言えないかもしんないけどさ」

「飛行船の関係じゃあしょうがない」

「うん、まあねえ。けど今度のことはなんだい。『しょうがない』じゃ済まないよッ。あんたらだって役所に違いはないだろうが。どうしてこんなことになるまで放ってなんかおいたんだい。子供の命の問題なんだよ!」

班長が、「大変に申し訳なく思います」

「あの子がねえ、あばらの浮いた体でねえ、手なんか血だらけだったんだよ。他にもあちこち、すり傷だらけになっててねえ。縄の檻をくぐろうとして付けた傷なんだねえ。あの夫婦がそういうことしてるって噂はあったんだけどさあ、やっぱり本当だったんだねえ。お役所だけの責任じゃないよ。近くにいるあたしらがさあ、なんとかするべきだったんだよ。それをあんなことになるまで……あたしは、あたしは悲しいよ……」

ポロポロ涙をこぼし始めた。なんだか見ていてズブズブと時代劇の世界に埋もれ込んでくように思える。

「けどいちばん許せないのはあの親だ!」急に声を張り上げた。「あんなやつらをこの長屋に置いとくわけにいかないよ!」

あ、間違えた。長屋じゃなくてマンションだった。いや、おばちゃんは『マンション』とちゃんと言ったんだけどね、つい……おばちゃんは、「あいつらがあたしん宅(ち)の前通ったら塩を投げつけてやる。あたしの眼の黒いうちは、この長屋で、いやマンションで虐待なんか今後絶対許しゃしないんだからねッ」と声を荒らげるのであった。

「ちょ、ちょっと待ってください。そんなことしちゃいけません」

班長が言うのに、

「何言ってんだい。子供が虐待されんのを黙って見てろってえのかい!」

「いえ、そうじゃあなくってですね。虐待などする人間は、何をするかわかりませんから。危害を加える先をあなたに変えるというのも充分考えられるんですよ」

「それが警察のセリフかい! それでも正義の味方なのかい! 今までに来た役所の連中もみんな似たようなこと言ってたよ! 『ああいう人達を刺激してはいけません。ますます子供に何をするかわかりませんから』って、そんなベラボーな理屈があるかい。寝言ほざくんじゃないよッてんだ!」

「いや、あのね。押さえて押さえて」

「お願いだよ。あの子を親に返さないどくれ。『子供は親と一緒がいい』だなんていうのは嘘だよ。実の親より育ての親だ。親はなくとも子は育つって言うじゃないかい。あんな親ならいない方がいいんだよ。大事にしてくれる人のところへやってあげた方がいいんだよ……」

「はい、わかりましたから。ね。落ち着いて。大丈夫だから」

となだめる班長に、おばちゃんはすがりつくようにし始めた。《川崎署》の腕章を付けたデカがゾロゾロとやって来て、「何やってんの?」とおれ達に言った。