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コート・イン・ジ・アクト4 あした天気にしておくれ

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零子が疑問に思ったという例の〈噂〉についての謎も、なんなく解かれることになった。マスコミの取材陣は、虐待を始める前の夫妻を知る人物を何人も見つけて話を聞き出していた。たとえばこんな話が取れた。

『あの二段ベッドはね、トモノリ君が生まれる前からあったのよね。「よく考えずに買ったら邪魔でしょうがなかった」って。でも絶対子供がふたり欲しくって、それも最初は女の子、次は男の子だとか言って――でも友希(とものり)君、男でしょ。あれは元々女の名前で「ユキ」と読むはずだったのよ(まあいろんな親いるしねえ。今から「末は高級官僚医者弁護士」とか、「ウチは巨人の星だ」とか。年子(としご)で生まれた男の方に女の子の服着せて、女に男の格好させてた親まで見たことあるから、そのときはそれほど変にも思わなかったけど)。でもそれでも、最初はかわいがってたわよね。だんだんおかしくなってきたのは、トモノリ君が反抗期になる頃かな』

――と、このうちカッコの中はニュースではカットされていたけれど、ちょいと別の情報筋から伝わってきたお話だ。

ヤンチャな時期に入った息子に親は手を焼き始めた。ベッドを〈檻〉にしようとするのは、その頃始まったことらしい。最初は毛糸でやってみたけどそんなのすぐ抜け出してしまう。片側をガッチリ塞いで『これでどうだ』と思ったら意外な力でベッドをずらして後ろの壁との隙間を広げて這い出してしまう。まったく要らない知恵をつけちゃって困っちゃうわ。

『要らない知恵をつけているのはどっちだよ』――聞いた誰もがそう思った。しかし夫妻は最初のうちは、どうやら笑って人に話していたらしい。あの子のためを思ってやってることなのに中でお漏らしなんかするのよ、などと。

『そんなこと、当たり前田のクラッカーだろ』――そう思っても、その頃には怖くてとてもクラッカーとか口に出せる者はなかった。人はだんだん夫妻を避けるようになり、『あの家はあの家は』と陰で噂するようになった。

そのうち子供部屋の窓にソーラーパネルが張り巡らされた。今どき、窓にそんなのがあること自体は別に珍しいことではない。通りすがりに見上げても奇異に思う者はないだろう。

けれども、それが子供部屋だと知る者には、これは不気味な眺めだった。あの八階の閉ざされた部屋で、何がエスカレートしているのか……。

あのおばちゃんが噂を聞いていても当然だったのだ。

「なんつーか」佐久間さんがテレビを見ながら疲れた顔をして言った。「しょうもない話よねえ」

班長も言う。「まあな。聞いててバカらしくなってくるな」

「なんか、この夫婦って、顔だけ見ると普通でしょう。普通と言うか、地味と言うか、平凡と言うか、凡庸と言うか、平均と言うか、並と言うか、特徴らしい特徴がちょっと見当たらないと言うか」

「別にそこまで言わなくていいんじゃないかという気もするな」

「でもきっと、似たもの夫婦なのかなあ。あのマンションに踏み込んだときも感じたけれど、フツーのようで普通じゃない、何かふつうと欠けてるような……」

「だいたい言いたいことはわかる。犯罪者ってな、大抵の場合そんなもんだ。どこかがちょっと捻じれてる」

「そうよね。この事件の場合、表面的にはむしろマジメな、几帳面で物事を一度始めたらトコトンまでやらなきゃ気が済まないような神経質さがあるようでいて、そのくせひとつ予定が狂うと全部投げ出しちゃうような無責任さと言うのかな、粗雑さが感じられる気がするわ」

「ふうん」と班長。「どんなふうに」

「なんと言っても、あの子供部屋よ。ソーラーパネルで窓を塞いでおきながら、それをカーテンで隠してる。あれ、誰に隠すって言うのよ。自分達以外ないでしょう。『やってることの現実を自分で見まいとしてる』だけっていう他に考えようがない」

「続けて」

「あれで自分は、理想的な親のつもりでいるんじゃないの。檻さえなけりゃ、パッと見にはいい子供部屋だものねえ。でもあんなもの、現実としておかしい。本当の子供の部屋なんて言うのは、散らかってるもんなのよ。眼を離すと道で変な虫捕まえて、ビンの中で飼ってるのよ。ミッチャンミチミチなんて歌って、オゲレツアニメなんか見て、『ピーマンは嫌い』って言っていなけりゃ子供じゃないのよ」

「それじゃ今のおれみたいだな」

「その辺の神社へ行くと、境内に絵馬が掛かっているでしょう」

「ん? なんだ?」

「絵馬よ、エマ。見るとよく書いてあるのよ。《健(すこ)やかに育ちますように》とか。赤ちゃんの親が掛けたもんよね。でも三年くらいすると、板に書くことが違ってくるの。《ナントカ大学付属幼稚園合格》と」

「ははは」

「本当に普通の人間なんているわけない。この事件も普通の親の愛情がどこまでも捻じれていった末に起こったものでしょう。考えたら怖いよね。人間どんなきっかけで狂っていくかわからないって……」

横で話を聞きながら、おれは最近どっかで似たようなこと言った人がいたなと思った。そうだ。あのおばちゃんだ。カネをもらって外国に移住するとかいう話だ。いいな。おれもお金もらって、ハワイかなんか住みたいな。

「木村班はいるか!」

隊長が大声上げて入ってきた。珍しい。どうも姿が見えないから、また『あんまり遊んでいると勘が鈍ってしまう』と言ってバーチャル・シミュレーションでもやって遊んでいるか、隊長室でこっそり酒でも飲んでるのかと思ってたのが、いつになくマジメなようすだった。

「みんな聞いてくれ」隊長は言った。「このあいだの虐待の件だ。検察が起訴を見送った。森田夫婦は釈放される」