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コート・イン・ジ・アクト3 少数報告

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03



「えー、諸君も知ってると思うが、博士はかつて予知システムの開設計画に携わり、大きな役割を果たされた。我々が今ここにあるのも、ひとえに博士のおかげと言える。本日お目にかかれたことを光栄に思ってもらいたい」

と隊長は言う。慣れない物の言い方で、ずいぶんたどたどしい調子だ。

「ありがとうございます。ですが、今のはちょっとおおげさですね」

相原博士はこんなことに慣れた口調で、

「殺人・事故死の予知システムは、世界規模で最高の頭脳が何千人も結集し作り上げたものです。科学のあらゆる分野はもちろん、医療・法律・警察・軍事・政治・経済、果ては宗教や哲学まで……その中でわたしは末端の存在で、ごく小さな役割を担(にな)っていたに過ぎません。わたしは学者と言いましても、プロジェクトでは渉外がもっぱらの仕事でした」

「それだって凄いじゃないですか!」

零子が勢い込んで言った。さっきから憧れの人に会っちゃった顔でずっと博士を見ていたのが、我慢できなくなったらしい。

「先生は台湾の馮秋玉(フォンシュウユウ)さんや、マンガ家の田嶋冬樹(たじまふゆき)さんと一緒に活躍されたんですよね?」

「ええ。と言うか、それが仕事だったんです。そうしたマンガ家のような人らと、偉い人達との間を持つのがわたしの役で」

「大変な仕事じゃないですか。だって、戦闘員てことでしょ? あたし達とおんなじだ」

「そう言っていただけると報(むく)われます」

「アメリカでパーマー・エルドリッチやティモシー・アーチャーが起こした反対運動に立ち向かったのも先生みたいな人ですもんね」

「まあ、日本でもありましたからね。でもやっぱり、わたしの力じゃないですよ。馮(フォン)さんや田嶋さんが助けてくださらなかったら、とても頑張れませんでした」

「そのふたりと戦友ってだけで凄いですよ」

「『戦友』ですか。まあ、そう言っていいかもしれませんが」

「すっごーい」

零子がキャーキャー言っちゃうのも無理はない。相原博士より、名前が出てきたふたりについてまず説明するべきだろう。

パーマー・エルドリッチとティモシー――じゃなくて、まず馮秋玉というのは台湾人の一女性で、『風邪を引いたら人の死が予知できるようになっていた』という最初の殺人予知者のひとりだ。

それは今から二十年ほど前の話だ。彼女が住む町ではその頃、子供を狙う殺人が連続して起きてたのだが、彼女は突然予知能力に目覚めてしまい、次に起きる殺しを〈視〉た。最初は自分に何が起きたかも無論わからず、警察に訴えたが信じてくれるわけもない。

それどころか、『お前が犯人ではないのか』との疑いをかけられてしまう。彼女は自分の嫌疑を晴らし、子の命を救うため、ひとりで犯人に立ち向かった。

この彼女が物凄いアジアン・ビューティだったうえに、バイク乗りでバクチ打ちでバレーボールの元選手で仕事は女バーテンダーという凄い女だったことから、この一件が全世界に知られるほどの話となった。事件が映画化されたときには、主演女優が誰になるかで台湾がちょっと沈没しかけたという。無論、日本にもファンが生まれ、訪日の際には過熱報道された。

彼女はその後も警察がまだ予知に対応できなかった時代にバイクを駆って――今はどの国でも殺人予知者は運転が禁じられているが――いくつもの殺しや事故死を未然に防いだ。初期の能力者にこのような例は少なくないが、中でもダントツの伝説的人物と言える。

で、もうひとり。田嶋冬樹というのはマンガ家で、『クラップ・ゲーム』という作品を書いてそれがアニメ化され、海外にも名を知られる存在になった。

『クラップ・ゲーム』とは軍事独裁国家となった日本が舞台のSFで、殺人予知能力を持つ少年が逃亡するストーリー。その社会では能力者は離島に強制移送される。政府は『彼らは平穏に暮らしている』としているが、実はロボット人間化されて潜水艦などに詰め込まれ、軍の警戒システムに使われている設定だ。

で、話は警察と軍の能力者狩り部隊に追われる主人公が殺人を予知し、いかに未然に防ぎながら危機を脱出していくかというもの。そのスリルとサスペンスが読みどころで、途中で出会う人々とのドラマが泣かせどころとなる。

少年が殺人予知者だと知ってしまう人の中には、彼を匿い殺人阻止や逃亡の手助けをする者もいれば、政府に突き出し島送りにしようとする者もいるのだ。迷うことなくどちらか決める者もいれば苦渋の末に決断する者もいて、誰がどちらの選択をするかまったく予測することができない。

ゆえに読者はハラハラしながらマンガのページをめくらされる。いずれにしても少年はひとつところに留まることは許されず、出会いと別れを繰り返していくというものだ。

予知システムを廃止すれば移送を拒んで逃げる能力者が現れる。市民の中にはそれを匿い殺人阻止を助ける者が出るだろう――という、この考えをマンガの読者が支持したことから、その想像がもし現実になったときの呼び名を〈クラップ・ゲーム・フェノミナン〉と言うようになった。

今では世界に億の単位となっているこのマンガのファンは口を揃えて言う。『予知システムを廃止すれば必ずそのフェノミナン(現象)が起こる。だから廃止は誤った道だ』と。

すべての名前の由来である〈クラップ・ゲーム〉とはサイコロ博打(ばくち)の一種で、二個のサイコロを指定の数が出るまで何度でも振ることができるが、途中で7が出てしまうと負けになるというものだ。三十六の組み合わせのうち、1‐6、2‐5、3‐4、4‐3、5‐2、6‐1と、六通りの〈7〉がある。

ごく単純なルールだが、当然のように〈子〉は不利で、ひと振りごとに『7は出るな』と祈る思いで賽を見守る綱渡り勝負。そんなヒリつくギャンブルに、主人公が置かれる境遇をなぞらえているわけ。

馮秋玉に田嶋冬樹。相原美咲博士はかつて学者の身でこうした人物を味方につけて反対勢力の矢面(やおもて)に立ち、日本での予知システム成立に貢献した。末端の渉外係すなわちプロジェクト戦闘隊のエースと呼ぶべき存在だ。大変な人物であるのは間違いない。

「それにしても」と博士は言った。「あのふたりのギャンブラーと付き合って、わたしがいくら安月給から巻き上げられたか……」

「うわ、かわいそう」「大変な仕事だなあ」

と皆が口々に言った。

「まあともかく」と隊長が言う。「博士がここに来られた理由は言うまでもないだろう。前田巡査に関することだ」

「ははあ」

と木村(きむら)班長が言いながらも首を傾げて、

「あの子、それほど重要な能力者なのですか」

「システムにとってもそうですが」と博士。「わたし自身、前田巡査には大きな期待を寄せています。それに、多少の危惧も――彼女は幼少時から島で育った能力者として初めての特捜官となるのですから」