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黒いチューリップ 09

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 連中をその気にさせて焦らしたり翻弄するのは、それなりのテクニックが必要だ。中学一年の夏ごろから始めたテレクラ遊びで身についた。やっていて本当に良かった。こんなところで役に立つとは思わなかった。
 テレクラ遊びは古賀千秋にとって、英語や数学と同じくらい大切な知識になった。すべての女の子が生きていく上で身につけておくべきだと思う。中学の必修科目にしてもいいくらいじゃないかしら? もしも自分が文部大臣だったら高校入試に『テレクラ』を加えよう。大蔵省ご用達の『ノーパンしゃぶしゃぶ』があったんだから、文部省が推薦するテレクラがあっても別に悪くないし。
 嘘を信じてくれて、この若いチーフには感謝しかない。『何とかしよう』と言ってくれた、その言葉を確実にさせる為に処女を差し出してもいいかも。
 「女の身体っていうのは、いつか出会う素敵な男性の為に大切にしておくモノなのよ」が、母親の言葉だった。しかし古賀千秋は「男の人って寝てみないと分からない」、と言った女優の杉本彩の言葉を信じていた。だったら処女なんて、そんなに価値があるもんじゃない。この若い肉体が取引のカードに使えるなら利用しない手はないだろう。
 これで何とかダメージは最小限に抑えられたと思う。でも万引きで捕まったのは事実だ。家に帰ってから、どれほど叱られるか想像がつく。きっと母親はヒステリックに取り乱すはず。
 「なんて事をしてくれたのよ」
「もう破滅だ。もう生きていけない」
「これまでの努力が、あんたの所為で全て水の泡だわ」
「どれほど母親を苦しめれば気が済むのよ」
「あんたなんか産むんじゃなかった」
 それらの言葉を繰り返し、繰り返し、延々と聞かされるのだ。うんざりするほど。くど過ぎて母親の説教は反省するどころか、反感しか覚えない。そうだ。だったら叱られる前に、こっちから一発かましてやろうか。
 「お母さん。あたし、もう処女じゃないんだ。木更津のセントラルに映画を見に行った帰りにナンパされて、名前も知らない中年のオジさんと公園のベンチでヤっちゃったのよ」
 こりゃ、いい。警備員のチーフに抱かれたと正直に言うよりも、こっちの方がインパクトが強い。うふっ。母親の失望する顔を想像すると古賀千秋は愉快で堪らなかった。あんたが「子育てに失敗した」って言うんだから、その通りに生きてやろうじゃないか。

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 黒川拓磨と話すべきだ。そう思っても加納久美子はタイミングを掴めないでいた。
 どう切り出せばいいのかも分からなかった。何を話すの? 何を問い質すの? 
 転校してきたばかりの時は、優秀な生徒が来てくれたと喜んだ。気持ちに変化が起き始めたのは、彼が描いた絵を安藤先生が見せてくれてからだった。理解できないほど暗い絵に言葉が出てこなかった。
 自殺した佐野隼人は、「あいつ、怪しいです」と言った。板垣順平は彼が貸したゲームソフトで、何も映っていないテレビに夢中になっているらしい。娘を妊娠させた相手は黒川拓磨じゃないかと、五十嵐香月の母親は疑っていた。
 その他にも君津南中学二年B組には様々なことが起きた。篠原麗子の家では家庭内の揉め事で義理の父親が大怪我を負う。鮎川信也は下校途中で軽トラックに轢かれた。佐野隼人が三階の窓から飛び降りて自殺。交際していた佐久間渚は毒を盛られて廃人と同じような体にされた。土屋恵子の家は火事で全焼だった。そして学級委員長の古賀千秋と書記の小池和美が、万引きで逮捕されるという信じられない事件が起きてしまう。
 どうして、こうも立て続けに。去年は関口貴久の家が火事で焼けて転校して行っただけだった。言いたくないが、黒川拓磨が転校してきてから、何か歯車が狂ったような感じで次々と事件が起きている。これで終わってくれるんだろうか。
 「一体、二年B組はどうなっているんだ?」
 高木教頭と主任の西山先生からは何度か文句を言われた。その度に「すみません」と謝るしかない。まるで全ての責任が担任をしている加納久美子にあるような、教頭先生の口振りには腹が立つ。
 親身に心配してくれたのは、やはり安藤先生だけだった。
 「何か変よ。そう思わない?」
「ええ、確かに。だけど何が、どうなっているのか想像もつかないわ」久美子は正直に答えた。
「すべてが黒川拓磨が転校して来てからよ」
「その通りだけど。でも、まさか彼がすべてに関係しているとは思えない。証拠だってないし」加納久美子は安藤先生に、板垣順平と五十嵐香月のことを口にしていなかった。
 「あの子は不気味な感じがする。何を考えているのか分からないっていうか……。もしかして何かを企てているみたいな」
「え、何を?」安藤先生らしくない辛辣な言い方に驚いた。
「わからない。だけど、そんな気がして仕方がないの」
「……」口にはしないが久美子も同じ思いだった。
「黒川拓磨と話をしてみたら?」
「何を、どう話せばいいの?」
「何でもいいじゃない。少しでも本人と話をして探りを入れるべきよ」
「……」なんか刑事みたい。初めから彼を疑って掛かろうとしているのが気に入らない。
「あのさ……」回りに人がいないか確認すると安藤先生は小声で続けた。「これは誰にも話していないんだけど」
「なに?」
「佐野くんが自殺した時、あたしと西山先生で二年B組の教室まで上がって行くと、倒れている佐久間渚を発見したって言ったでしょう?」
「うん」それは聞いた。
「彼女は意識を失っていた」
「そう」
「だけど、そうなる前に一言だけ口を開いたのよ」
「え?」
「聞いたのは、あたしだけだった。すぐに西山先生は下へ教頭先生を呼びに行ったから」
「なんて言ったの?」
「彼女は『黒川くんが……』って言ったのよ」
「まさか」
「何とも言えない。あそこで黒川拓磨の姿は見なかったし、彼が佐野隼人の自殺と関係しているとは決めつけられないわ」
「……」
「だけど怪しい。あの状況で彼の名前を口にするなんて」
「わかった。彼と話をしてみるわ」もうそうするしかないと、加納久美子は思った。
「黒川拓磨って前の学校では、どんな生徒だったのかしら」
「……」
「彼の書類が見たいわ」
「待って」加納久美子は腰を屈めて、引き出しから厚いバインダーを取り出すと机の上に置いた。二年B組の生徒全員の書類が閉じてある。
 安藤先生が身を乗り出して表紙を開く。ページを捲り始めた手が止まって、しばらく目を通すと口を開いた。「これって、ちょっとヘンじゃない?」
「どうして? 何が」
「ただ記録だけじゃないの。生年月日と、いつ小学校を卒業したとかだけよ。担任をしていた教師のコメントが何一つ書いてない」
「そう言えば、そうなの」
「ヘンに思わなかった?」
「気になったけど、すぐに忘れたわ」
「あれだけ成績が優秀な生徒だもの、何も書いてないのは理解できない」
「確かに」
「前の学校に連絡して聞いてみたら」
「……」
「あたしがしようか?」
「待って。まず黒川拓磨と話をしてみる。それから考えるわ」黒川拓磨の正体を暴こうとしているみたいな、安藤先生の強い意志には違和感すら覚えた。
「わかった。じゃあ、話したら教えて」
「もちろん」加納久美子は言った。

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作品名:黒いチューリップ 09 作家名:城山晴彦