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短編集45(過去作品)

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不幸中の幸い



                 不幸中の幸い


 佐藤俊介は、今年で三十歳になる。もうすぐ誕生日を迎えるのだが、誕生日が待ち遠しくて仕方がない。
「三十にもなって誕生日が待ち遠しいなんて、変わったやつだな」
 口の悪いやつはそういうだろう。中には、
「三十にもなると、そろそろ老化を気にする歳だぜ。嬉しくも何ともないや」
 とネガティブに考えるやつもいる。
 しかし、俊介はそんな連中には想像も及ばない理由で待ち遠しいのだ。それはいい意味でも悪い意味でも両方である。だから、他の人には分からない複雑さがあるのだ。
 もっとも、余計なことを言われるのが嫌で、どうして待ち遠しいかということを話したのは一人だけだった。中学の頃からの友達で、中川正明一人だけである。お互いの仲を正明に言わせれば、「腐れ縁」というだろうが、俊介自身も同じように思っているので、お互い様である。
 何しろ生きてきた半分近くを友達でいるのだから、ある意味親よりも親しいといってもいい。お互いに他の人に相談できないようなことを相談する相手としては最高だろう。大学からはまったく違う専攻だったため、あまり会うこともなくなったが、それでも節目の時には呼び出すことも多い。
「俺、今度結婚するんだ」
 三年前だった。正明がフィアンセを連れて尋ねてきたが、いかにも正明の好きそうな女性だった。
「お前と喧嘩にならないのは、女性の好みが違うからだろうな」
 そういって笑っていたが、まさしくその通りだ。好みの違いは歴然で、切れ長の目に、色白の女性が好きな正明は、少しきついくらいの目をした女性を連れてきた。狐目と言ってもいいくらいで、スタイルのよさからファッションモデルではないかと思われた。実際に聞いてみると、
「キャンペーンガールをしていた時期がありました」
 というではないか。いかにも正明の好みの女性にピッタリだった。
「結婚を決めたきっかけは?」
 と聞いてみると、お互いに目を合わせて、
「お互いの目が求め合っていたのが分かったからかな?」
 と正明がいうと、無言でフィアンセが頷いていた。
 その日は結婚の挨拶に来ただけだったが、その日をきっかけにして、それから何度も二人に会っていた。
 新居にお邪魔したことも何度かあった。
 その時に正明の奥さんから一人の女性を紹介された。まだあどけなさの残っている女性で、いかにも俊介の好きそうなタイプだった。
――正明の考えが分かるようだ――
 きっと気を遣ってくれているということが分かったが、付き合うかどうかまでは分からない。四人でお茶を飲んで和やかな雰囲気を演出してくれたが、二人きりになると何を話していいのか分からない。
 四人で会うことが多かったが、実際に二人で会うように誘ったことがあった。
「今度、二人でお茶にでも行きませんか?」
 どこにでもある平凡な誘い方だった。女性が感動するような洒落た誘い方を知る術のない俊介らしいが、それでも、その時の彼女の喜びようったらなかった。
 彼女、名前を聡子という。聡子と一緒にいると、次第に緊張感とともに遠慮する気持ちがなくなってくるのだが、却ってそれがいいのかも知れない。
「お前は変に遠慮深いところがあるからな。損をする性格だぞ」
 と正明に言われたこともあった。確かに遠慮深い人は好まれそうだが、傍から見た目には見苦しく見えることも往々にしてある。
 しばらくは一緒にコーヒーを飲んだり、ショッピングを楽しんだりする仲だった。付き合い始めとしては実に順調であった。聡子も俊介のことを分かろうとしていたし、俊介も聡子のことを理解しようとしていた。だが、どこかが違っていた。
「あなたと一緒にいると、なぜか重たく感じるみたいなの」
 と言われたことがきっかけだった。
 結婚を前提になど考えたこともないし、相手にプレッシャーを与えるような付き合い方をしていたわけでもない。それなのに、なぜ重たく感じられるのだろう? 俊介には分からなかった。
 本当は正明に相談してみたかったのだが、紹介者がその正明ということもあって、ギクシャクしてしまった仲の相談をするわけにはいかない。
――本当に相談に乗ってくれるのは正明だけなのだ――
 と思っているだけに、もう相談相手はいなかった。
 それでも何とか紹介者に悪いと思い、ギクシャクしてしまった仲を何とか修正しようと試みたが、そんな気持ちは相手にも分かるようだ。
「あなたの優しい気持ちや義理堅い気持ちはよく分かりました。でもね、男女の仲ってそんなに簡単に割り切れるものではないと思うんですよ。だからあなたとこれ以上お付き合いを続けていくことはできません。きっとお付き合いを続けると、私自身が自分に嘘をつくことになると思うから……」
 と言われれば、もうどうしようもなかった。仕方なく身を引くことにしたのだが、別れてしまうと今度は、彼女の存在が自分の中で膨らんでくるのを感じた。
――人を好きになるっていうのは、こういうことなんだな。それが後になって分かるなんて――
 と感じた。
 今までに俊介がまともに女性と付き合ったことのない理由がここにある。出会ってから最初はいいのだが、ある時期にくればいつも相手から去っていく。言葉に出さない女性も多かったが、大方の理由は、
「あなたといると重荷なの」
 というのが共通した意見に違いない。
――重荷って何だろう――
 愛情の押し売りということだろうか? 
 どちらかというと、好きだから好かれたいというよりも、好かれたから好きになるという消極的なタイプなのに、重荷になることなどはないはずだと思っていた。それは、聡子の時もそうだったし、大学時代に付き合った女性も同じだった。
――決して無理なことはしない――
 これがモットーだったはずである。特に男女の関係になる時など、焦りがちになる気持ちをしっかりと抑えることもできたし、何よりも女性と付き合っていく基本は、
――紳士的な自分であり続けることだ――
 と思っている。
――後腐れなく別れることも紳士的なことだ――
 と考え、未練がないといえば嘘になるが、聡子の気持ちを察する形で、別れることにした。
 それから女性と付き合ったことはない。
 この三年間というもの、長かったようで短かった。女性と付き合いたいという願望は絶えずあり、心では抑えることができても、身体を抑えるのには少し苦労がいる。もちろん心と身体は切っても切り離せない関係にあるので、心を抑えていることにはならないのだろうが、心を抑えることができたと思ったので、身体の方も何とか抑えられた。
 その間に性格が変わるということもなかった。いつも誰かに遠慮していて、引っ込み思案な性格に変わりはなかった。
 しかし、今までそれを、
――損な性格だけれど、自分の長所なのだ――
 と感じてきたのだが、最近はそうでもないように思えてきた。それは今までの自分を形成してきた性格を根本から覆すもので、一気に鬱状態への入り口を作ってしまったようだ。
――まわりすべてが信じられなくなってくる――
 そんなことは今までにはなかった。これこそが鬱病なのかも知れない。
 人に遠慮するという性格を考えた時、
作品名:短編集45(過去作品) 作家名:森本晃次