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短編集45(過去作品)

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 といいたくなるほどだ。
「男性恐怖症になっただろう?」
「ええ、もちろん。今でもそうなのよ。でもあなたと一緒にいれば安心できるの。きっと最初に付き合った彼のイメージが強いのかも知れないわ」
「でも、どうして前の彼と結婚しなかったんだい?」
――聞いてはならないことを聞いてしまったかな――
 泰子は頭を垂れて、しばらく黙り込んだ。一瞬だったのかも知れないが、俊介にはかなり時間が経っていたような気がしていた。
 顔を真っ赤にしながら、今にも泣き出しそうな表情だが、目はキリッとしていてしっかりと前を向いている。意を決しているに違いない。
「実はもう十年前になるんだけど、その付き合っていた彼が急に亡くなったの。交通事故で集団の中に巻き込まれたみたいで、一瞬のことだったらしいの」
 一瞬、頭の中に一本の太い線が見えた。予感がなかったとは嘘になるかも知れないが、線が縄になりそうだ。
 驚いて声が出なかったが、それはまさしく田中のことだった。
 そういえば泰子をどこかで見たことがあると思ったのは、きっと田中の葬儀で見かけていたからかも知れない。人の顔を覚えられないだけで、心の奥の片隅に残っていたに違いない。
――まさか、田中の昔の彼女とこういう形で出会うなんて――
 だが、後ろめたさはない。田中に対して悪いという気持ちがあってもよさそうなのだが、田中を思い出すと、
「だけど、お前はいいよな。ケガをしても大したことないから」
 という言葉が繰り返されるだけだ。
――泰子は僕にとっての幸運の女神に違いない――
 今までに出会った女性で、付き合いたいとは思うが、結婚を前提に付き合ってもいいと思う女性はあまりいなかった。
「結婚と恋愛は別だからな」
 これも田中のセリフだった。
 泰子は思い出したように、
「でもね、きっと彼が生きていても結婚しなかったような気がするわ」
 悲しそうな顔をする。まるでこの世の不幸を一人で抱え込んでいるような表情に、何となく複雑な心境になった俊介だった。
 泰子という女性、とても家庭的で結婚すればきっといい妻になりそうな気がする。次第に俊介の気持ちは泰子に陶酔していることを実感していた。
 結婚という二文字を意識し始めていたことも事実だ。正明に触発されたといっても過言ではない。正明が結婚してここ三年というもの、自分が家庭を持った時のシュミレーションを思い浮かべて密かに楽しんでいたりもした。相手がどんな女性かは、シュミレーションの中でコロコロ変わるが、重ねていくうちに一つのイメージが形成されてくることを自覚していたのだ。
 家庭を持ちたいという思いを今までにそれほど感じたことはなかった。恋人がほしいとは思っているが、どうしても恋愛と結婚は違うんだと思うと、今はまだ恋愛をしていたい時期である。結婚して落ち着くのは恋愛を堪能してからでも遅くはあるまい。
 もちろん、いきなり結婚が頭をちらつくような相手が現われれば話は別だ。泰子はそういう女性だった。少なくとも今まで知り合った女性にはいなかったタイプには違いなく、泰子のことを見ながら今まで出会った女性を思い出すと、彼女たちとの恋愛が子供の遊びのように思えてくるから不思議だった。
――泰子は幸運の女神なんだ――
 と自分に言い聞かせる。なぜ言い聞かせなければいけないかというと、俊介の心の中では彼女へのプロポーズを決めていたからだ。
 歳を取ってからの二人を想像できるようだった。
――それにしても、こんなに簡単に歳を取ってからのことが想像できるものだろうか――
 という思いも半分あった。だが、ここで泰子を失うことは後々後悔を残すことになりそうだ。それならば、玉砕覚悟でプロポーズしようと思うのは、俊介の持って生まれた性格である。
 待ち遠しいと思っている三十歳の誕生日、この日にプロポーズすることに決めた。
 いつも節目の誕生日になると、懐かしい人に出会ったり、大きくはないがケガをしたりと、複雑な気分である。特に二十歳の時に尋ねてきた友達が数ヵ月後に亡くなったりと、誕生日が近づいてくるのを意識し始めると、今でも線香の臭いが漂ってきそうな気がしてくる。
 三十歳の誕生日、その日はいつもと違ってホテルのレストランを予約していた。元々計画性のない俊介にしては、あまり考えられないことだ。
――誕生日に何かを企てている――
 と泰子に気付かれるだろうが、それも計算のうちである。
 会社は私服通勤のため、あまり絞めたことのないネクタイ姿で現われた俊介を見て、泰子はどう感じただろう。
「ネクタイ、お似合いですね。見違えてしまいましたわ」
「ありがとうございます」
 ネクタイを締めたことのない自分がネクタイを締めると、違う自分になったような気になる。それはまるで小説を読んでいる時に感じた自分の中にもう一人いる架空の自分のようだが、
――これも本当の自分なのだ――
 と改めてハッキリと感じた。
 思い切ってプロポーズをする。
「今日、ここであなたと一緒にいる時間、これを永遠のものにしたいんだ」
 最初から決めていたセリフではない。アルコールに弱い俊介は、その日すでに食前酒のワインで酔いがまわっているようだった。その中で出てきたセリフだったが、小説を書いている時の気分が架空の自分の出現によって現われたのだろう。
 泰子は少し考えてから、
「ごめんなさい。私はあなたにふさわしくない女性なの。お付き合い止まりの女性だと思ってください」
 付き合ってからプロポーズまでの期間は短くはなかったはずだ。しかも、すぐに考えていることが相手に分かるらしい俊介の分かりやすい態度から、ウスウスでも結婚を考えていることは気付いていたはずだ。泰子は勘が鋭い女性で、いつも俊介の行動パターンは読みきっていたはずだ。そのことは俊介も重々分かった上でのプロポーズだったのだ。
――ここまで順調に来て断るのだから、押してみても駄目だろう――
 という思いを抱きながら、意気消沈の誕生日を終えようとしていた。今までで最悪の誕生日ではなかったと思った。
 だが、果たしてそうだろうか? 幸運の女神として彼女と付き合った日々は間違いなく幸福だった。そして、プロポーズを断った泰子とは、今でも付き合いは続いている。
 誕生日から以降、何も変わったことは起こらない。無事で平穏な日々を送っている。
 そういえば最近、航空機の事故が頻繁で、
「物騒な世の中になったわね」
 とまわりは喧騒とした噂ばかりだ。特に乗り物の事故というのは、どのような因果関係があるのかは分からないが連鎖反応を引き起こす。今がちょうどその時期に当たるのだろう。
――不幸中の幸い――
 そう、泰子の「泰」は「安泰」の「泰」でもあるのだ。もう一人、捜し求める「やすこ」がいる。彼女はきっと俊介の出現を、夢のことのように待ち望んでいることだろう。笑い話のようだが、自分の結婚相手は安子という名前の人になるのではないかと思っている俊介だった……。

                (  完  )



作品名:短編集45(過去作品) 作家名:森本晃次