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聖夜の伝染

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                   ◇

 季節というのは、イベントを迎えることで、思い出したように帳尻を合わせようというのか、昨日まであれほど暖かくて、ポカポカした日々が続いていたのに、まるで判で押したかのように夕方あたりから降り始めた雪が、ゆっくりと空から舞い降りてきた。降ってきたなどという言葉に似合わない情景は、人の心に温かさを運んでくるかのようだった。
 今日は、十二月二十四日、世間ではいわゆるクリスマスイブであった。
――恋人たちの集う夜――
 とでも言えばいいのか、季節が過ぎ去るには何かの儀式が必要であるとするならば、年末という時期は、賑わいが多すぎる。ただでさえせわしない時期であるのに、クリスマス、大みそか、そして正月と、ひっきりなしである。
 子供の頃は、与えられるものだけだったので、手放しに嬉しかったが、成長してくると、それぞれに差がついてくる。ずっと与えられるものに甘えていられる者、与える側になる者、与えてもらいたいがために、事前準備に余念のない者、それぞれ思いはバラバラだ。
 与える側に回るのも楽しいかも知れない。積極的な性格の人ならそれでもいいが、引っ込み思案で、しかも女性であれば、与えられるものがなければ、残るのは寂しさだけである。特にまわりの楽しそうな情景を目にしなければいけない状況に、果たして耐えられるかどうか、顔で笑いながらでも、本心を探ってみる勇気も持てない人は、寂しさの堂々巡りを繰り返すだけだった。
 楽しいクリスマスを迎えたことも、そして寂しい堂々巡りを繰り返すクリスマスを迎えたことも両方ある理沙は、今年こそは素敵な男性と出会いたいと思っていた。
 昨年のクリスマスは、楽しいクリスマスだった。年が明けてしばらくすると破局が待っているなど、思いもしなかったこともあって、待ち合わせの場所で待っていれば、必ずやってきてくれる人がいることの幸せを、クリスマスで頂点に立つことができたのだった。ただ、最近までは、その時のクリスマスのことを思い出すのも嫌だった。別れが突然だったこともあって、別れた後のショックは半端ではなかった。
 ショックな時というのは、よかった時のことしか思い出せないもので、よかった時のことを思い出して悦に入ってしまうと、今度は反動で襲ってくる寂しさに耐えられなくなってしまう。だから、なるべくよかったことを思い出そうとしないようにするのだが、それでも思い出してしまう状況は、精神的に辛さしか与えてくれないものである。
 頂点であったクリスマスのことは、本当は思い出したくないことである。それなのにどうしても思い出してしまい、楽しかった思い出に入り込まないようにしようと思うことで、虚偽の楽しさを作り出そうとしてしまい、屈折した楽しさを記憶の奥から引っ張り出してしまう。
 クリスマスが、悪夢の時間だと思ってしまうのもそのせいで、余計にクリスマスを極楽に変えてしまいたいという欲望を抱くようになる。まわりが囃し立てるクリスマスのイメージを、別世界の自分をイメージすることで、客観的に見るようになってくる。
 それでも、寂しさを知っているだけに、
「クリスマスまでに、彼氏を見つけるんだ」
 と、気合いを入れて臨めるのも、まだまだ若さを武器にできると思っているからだ。
 理沙は、短大を出て、今年で二年目を迎えていた。昨年はまだまだ仕事に慣れていない中で、純粋に毎日を一生懸命に前を向いていたおかげか、彼氏ができた時、最初から彼氏がほしいという意識を持っていたわけではない。
 そんな理沙に声を掛けてきた男性がいた。同じ会社で部署は違うのだが、彼は理沙が入社してきた頃から気になっていると言っていた。引っ込み思案でなかなか声を掛けられなかったと言っているが、実際には理沙の一生懸命に仕事をしている姿を、少し怖いと思っていたのが本音だという。
 それなのに、理沙は声を掛けてくれた彼を、「頼もしい男性」だと思い、いつでも彼に委ねる体勢に持っていっていた。彼からすれば、任せられると、どうしても頼りないところがあり、理沙が考えているような男性ではなかったというところが、うまくいかなくなった最大の理由だっただろう。
 その時はそんなことが分かるはずもなく、お互いに相手に気を遣いながら、それでいて相手に委ねるような気持ちだったので、大切な決断には、お互い譲り合ったり優柔不断な性格が衝突を招いたりしていた。ただ、お互いのことが分かっているわけではないだけに、気を遣っている自分に対して、相手が気を遣ってくれていないように見え、いつまでも交わることのない平行線を二人で描いていたのだった。
 クリスマスは、そんな二人が一番近づいた時だった。クリスマスという雰囲気が、二人に気持ちの余裕を与え、与えられた気持ちが相手への思いやりに変わることで、夢のような世界が待っていたのだ。
――初めての二人だけの夜――
 世界中の人が、二人を祝福してくれているような錯覚さえ覚えた。
 クリスマスというイベントは、一年で一番のイベントなのかも知れない。バレンタインデーという日もあるが、もらえなかった人、渡す相手のいない人には悲惨な日である。クリスマスであれば、団体で祝うこともできれば、家族全員で楽しむこともできる。何よりも一部の人間のためだけではないという気持ちになれるところがいいのだろう。だからこそ、クリスマスにできるお祝いは、世界中から祝福されているような錯覚に陥るのだ。
 二人きりになって、身体を重ねる。気持ちよりも身体が正直であることに気付かされるが、今まで正直じゃないと思っていたわけでもないくせに、急に正直に思えるのは、恥じらいを初めて知ったからではないだろうか。二人きりの世界にドキドキし、恥じらいを思い知ると、そこに広がっているのは、相手に委ねるという気持ちの余裕を感じることができるからだ。
「来年の今日は何をしているかな?」
 というのが彼の口癖だった。
「そうね。きっと来年の今日も二人でここにいるかも知れないわ」
 と、理沙は答えたが、その心はそれだけ平穏に、波風を立てないように過ごしていきたいという思いの表れだったに違いない。
 では、来年のことを話題にするのなら、
――去年はどうだったんだろう?
 という発想も生まれてくる。仕事ばかりしか頭になく、彼氏を求めるなど百年早いくらいに思っていた。いや、今だからそう感じるのであって、彼氏という発想すら生まれてくるものではなかったはずだ。
 確かに今年一年は、平穏無事に過ごせたと思う。何もないのが気持ち悪いくらいで、それだけあっという間に過ぎた一年だった。
 それでも一日一日は結構長かったような気がする。仕事にも慣れてきて、新しいことを覚える余裕も生まれてきたことで、仕事が充実してきた。充実していると、集中している間は、結構時間があっという間に過ぎてしまう。だが、過ぎた時間を思い出そうとすると、結構長かったことに気付くのだ。
 長かったと気付くのは、一日の始まりを思い出すからだ。長さを知るには、始まりを知る必要がある。一日の始まりを思い出すと、記憶の奥に入ってしまっている。それだけ吸収することが多かった証拠だろう。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次