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【短編集】人魚の島

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 銀色の甲冑を着こんだ騎士らしき男、濃い緑色のローブを身にまとった白髪頭の老人、ピンク色のドレスで着飾った貴族風の女性──総勢で三十人ばかりだろうか。やってくる電車を目にして、ちぎれんばかりに手を振っている。
 電車は人々が待つホームにゆっくりとすべりこみ、車輪をきしらせながら停車した。ドアが開く。
 しばらくのあいだ、身動きできなかった。奇妙な服装をした一団が興奮した面持ちで窓から車内をのぞきこんでいる。水色の服を着た金髪の少女が俺を見つけ、歓喜の叫び声をあげる。人々のあいだからどっと歓声が巻き起こる。
 どうしたものかと迷ったが、このままではラチがあかないと思い、開いたドアをくぐる。このときばかりは空気の壁が邪魔をすることはなかった。どうやら、ここが本当の終着駅らしい。
 ホームに降り立つ。金髪の少女が俺に近づいてくる。甲高い声でなにやら話しかけてきたが、ひと言も理解できない。日本語じゃないことは確かだ。
 言葉が通じないことを察したようで、少女はおもむろに呪文らしきものを唱える。
「……わたしの言うことがわかりますか?」
 俺は目をしばたたく。少女が期待をこめた視線で俺を見つめる。彼女だけではなく、その背後にいる全員が熱を帯びた目つきで俺を凝視している。
「ああ、言葉はわかるよ」
「よかった!」
 少女がホッと安堵の息を洩らす。にっこりと微笑んで、
「誰も召喚に応じてくれなかったらどうしようと思っていたんです!」
「召喚?」
 少女のセリフに俺は面食らう。
「そうです。あなたは伝説の勇者さまです。わたしたちの魔法でこの世界に召喚されたんですから、まちがいありません」
 電光掲示板がヘンな字で行き先を表示していたのを思いだす。すると、この電車は目の前にいるこいつらの魔法が生みだしたものなのか? 運転手も車掌もいないのはそれで説明がつくかもしれないが……ちょっと待て、彼女はいま、なんて言った?
 俺が勇者だって?
 少女はかたわらにいる騎士に目配せをする。騎士が前に進みでて、両手に持った長剣をうやうやしく俺に差しだす。長さが一メートルほどの、柄に真っ赤な宝石をはめこんだ立派な剣だ。
「勇者さま、この剣をお取りになってください。そして、魔物を退治してください」
「俺は勇者なんかじゃ……」
 そのとき、大音量の不気味なおめき声が空気をビリビリと震わせた。人々がハッと緊張する。
 騎士があわてて俺に長剣を押しつける。唖然とする俺を尻目に、全員がホームの上からあたふたと逃げだす。少女も例外じゃなかった。「あとは頼みます、勇者さまっ!」と言い残して、みんなのあとを必死になって追う。
 あっという間に誰もいなくなった。
 剣を抱えたまま、俺はその場につくねんと立ちつくす。
 またしても百匹の猛獣がいっせいにうなるような声が聞こえた。足元から地響きが伝わってくる。
 ……どうやら、なにかが俺の背後から近づいてくるようだ。
 おそるおそる振り返る。
 全身が真っ黒な、オオサンショウウオが巨大化したような怪物が、猛スピードで突進してくるところだった。

作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他