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とーとろじい
とーとろじい
novelistID. 63052
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磨き残しのある想像の光景たち

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4.0 私くんは自殺したい



見事な精神病者の私くんは、すぐに首を吊りたがるのだ。
この間、見事に晴れた冬の日に、一般的な高校の中庭で、彼を見た。既にテカリを見せる高校二年の学ランが、彼のなで肩を見事に隠している!ということに、人一倍気にはなったものの(これは約半年間私くんを観察した結果、その目がなで肩である私くんに慣れてしまっていて、更新できずにいたからであるが)肝心なことは今まさに木の枝に向かう彼の長い指先は、首吊り縄を括り付けるあの精神病者の指先だったのだ。朝の中庭は、カラスが電線の上から悲鳴を吐き出す処理場のひとつであったが、私くんは動じずに底冷えする朝を、見事に首吊りで乗り切ろうとしているらしかった。そして今、何百回と繰り返したもやい結びを決めて、その上達を極めた手練にひとしおの感慨を覚えたようだ。漫画的な、目が線になるあの笑みを高校生の表情筋で再現し、私くんは足場にしていた濁ったプール色のバケツを今一度踏みしめた。おっと、これはいけない、ということは朝食がインスタントの味噌汁だけであった、人生手抜きの人間にも及びがつくことである。
「私くん! よくないよ」と言うべきことを端的に言ってしまいターンが終わりを告げた一方で、私くんは驚いた表情の代わりに精神病者が時折見せる不感の目に変え、こちらを心配そうに眺めてくださったのだった。眉間が狭くなり白い肌の上に谷ができるこの一瞬の展開は、彼なりの「お気持ち」表明である。
「君くん、君くん。朝は冬がわからないんだよね。でもちゃんと生きてるんだよね。私は今から朝になるんだよね」
朝になるらしいのだ!彼の目は確かに一徹の力みをたたえていた。つまり嘘偽りのない決意であり、それは一般的な校長先生の「言うべきことリスト」の中で強く推奨されている「誠」の精神に合格していた。この凄みを前にして、クラスメイトのほとんどは恐れをなし、生徒会の男子は道徳の混乱に直面して思考が止まり、弱い先生は死に、保健室の先生は無責任にも心理カウンセラーに仕事を投げ出し、心理カウンセラーは降参して心の中のフロイトに仕事を投げ出し、そしてフロイトは意外と早くに死んでいた(1939)。
「私くん、中庭で死ぬというシチュエーションは、君にとって最善なのかい?」
と彼を思考の回り道に連れ出して、SHRのチャイムを聞かせてやれば、現実的な高校生の表情筋を取り戻せるのではないかと実行してみたのだった。
「あ。そういえば、この木は桜だよね。桜は春に咲くよね。あ。春に咲く桜がどうして冬にあっていいんだろう。……誰かがわざと置いていったものなんだ! 誰だ! だれ? 誰!」
私くんはバケツを割らんばかりに足を上下していた一方、目線は面接のマナー通りの見事な水平を保ち続け、自身の悲嘆を足だけで表現していたのだった。しかし一旦こうなると1秒先の私くんの生命が危ない。1秒先の私くんを救うために時間を巻き戻してあげたい気持ちは山々だが、「ここは言葉しかない世界なので」言葉で当座のリスクと闘うしかないのである。
「私くん! 大丈夫だよ。私くんを殺そうとするやつは、僕が殺し返すから」
これは本意である。
「君くん、それどころじゃないよ。桜を置いたやつを見つけない限り安心できないんだよ。あ。ここは冬だよね。冬を置いたやつは、桜を置いたやつをどうして見逃したんだろう。みんな。みんな同罪だよね」
泣き顔になり潤んだ視界のせいで足まで潤ませてしまったおっちょこちょいの私くんの斜めになったテカる学ランを慌てて抑え、人間の標準の姿勢に戻してほっと一息。観念したのかバケツから『人間の土地』に着地して、荒ぶった世界観が一般的な落ち着きを取り戻すのを、彼のうなだれてミクロ的に小さくなったような後ろ姿が表象していた。
いつものことである。というのは私くんは、人前でもやい結びをすることに快楽を見出している困ったさんなのである。彼が語る逆説的な真理とは「死の予行練習が生の予行練習になったんだよね」というあっけらかんとした感想文に込められている。いずれにせよ、私くんが業務用ロープの経済を回し、その使用済みロープを回収する業者であるところの僕の部屋にダンボールが滔々と積まれていることは間違いがない真理である。
「あ。ここは学校で、学校はもう始まるんだった。……始まるのに今日も私は始まっていないんだよね」
哀しむべからず、私くんは見事に生を始めているのだ。