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リミット

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 この街に来てから、空を見ることが多くなった幸一は、何度となく真っ青な雲一つない空を見たことがあった。そういう日に限って、夕方は、空が燃えているような夕焼けが見えてきて、
「夕焼けの次の日は晴れる」
 と言われているらしいが、まさにその通り、雲一つない時の空の青さから煌めきを感じると、余計に夕焼けも激しく燃えているようだ。
 この街での赤と青を同じ時間に味わうことはできないが、雲一つない空のイメージが残ったまま見る夕焼けは、二色のコントラストを見事に描き上げていて、雨の上がった時に見られる虹を思い起させる。
 この街では、雨が上がると、虹を見ることができる可能性は、他の街に比べればかなり高いようだ。信憑性など関係ない。幸一がそう思うのだから、そうに違いない、
 そういう意味では、どんよりとした重苦しい空気や雰囲気は、この街にはふさわしくない。ショックなことがあったり、落ち込んだことがあっても、大学の裏にある小高い丘に昇って街を見下ろすと、少々のことなら、気分が晴れるというものだ。
 特に、大学時代には、大小さまざまな失恋を経験した幸一によっては、この街の光だけに限らず影までもが、自分に味方してくれているかのように思うのは、ただの錯覚だろうか。
 いろいろな顔を持っていて、赤と青のコントラストが魅力的なこの街を、幸一は、
「自分の故郷よりも、故郷らしい」
 と思うようになっていた。
 この街がベッドタウンになってから、もう三十年近く経つという話なのだが、市に昇格したのが、二十五年前と少し遅かった。昇格した市の名前は「漆市」という。昔からの漆塗り工芸が今も息づいているということで、
「永年の繁栄を祈って」
 だということで、今も変わらず街の繁栄を支えている漆塗り工芸と、大学や美術館、さらには音楽ホールと文化的な事業とで、街を特徴づくっている。何と言っても都心へのベッドタウンということでマンションや、大学の街ということで、コーポやアパートが多いのも特徴だった。
 漆市の特徴は、住宅街と文化的な街並みと、漆塗りの工芸の街とが完全に別れているというところだった。
「それくらいなら、他にだってあるだろう」
 と言われるだろうが、実はその特徴を見ることができるのは、山の上からだった。
 横に広い造りになっている漆市だったが、キチッと区画整理されていて、真上から見ると、碁盤の目のようになっている。
「まるで平安京みたいだ」
 ということで、小京都ならぬ、「小平安京」と呼ばれているところでもあった。
「こんなところは、日本中探しても、ここくらいだろうな」
 どうしてこんな造りにしたのかは、ハッキリとは知らない。
「話題性を高める宣伝のため」
 という説がある。一番有力とされている説であるが、
「いやいや、もっと実質的な理由があるんじゃないか。考えられるのは、防災に対する考え方なんじゃないかな?」
 これに関しては。専門家でもない限り、どこが防災に役立つのか、具体的に分からない。それだけに、説得力はグッと落ちる。
 漆市の一番海に近いあたりに、大学や美術館、役所や市民会館などが密集している。そこから少し山に近づいたあたりに、住宅街が広がっていて、大学などの施設を取り巻くように位置している。
 工芸は、さらにそこから山に入ったところにいくつかあるが、近くを流れる川からの新鮮な水が、工芸には適しているのだと聞く。
 幸一の行動範囲のほとんどは、学生時代に過ごした大学の街に限定されていた。就職してからも、事務所が大学の近くにあることで、マンションは駅裏徒歩五分という最高の立地にあった。事務所まで歩いても、さほど時間が掛かるわけではない。十五分ほど歩けば、会社に着くことができる。
 ただ、休みの日となるとまったく違っていた。
 小高い丘まで行って、街を眺めるのが好きだった。その近くに一軒の喫茶店があり、そこはクラシックをBGMに流していて、店の雰囲気も昼間でも薄暗く、まるで「隠れ家」のような雰囲気が好きだった。
 そこの喫茶店を見つけたのは。実は学生時代だった。就職が決まるまでのイライラした精神状態を癒すにはちょうどよかった。学校の近くには癒される喫茶店もあるにはあったが、どうしても、大学時代の楽しい思いが沁み込んだ場所では、その場所にいればいるほど、自分が孤独に感じられる。その孤独は寂しさを含む孤独ではなく、孤独だけを感じさせるものだった。
 寂しさを伴わない孤独というのは、他人を意識させるものではなく、一人だということがすべてである。場合によっては、この時の孤独を決して嫌だとは思わない。一人でいることの方がありがたいと思うこともあるからだ。それは寂しさを伴わないからで、寂しさというのは、必ず相手があって、人と一緒にいる自分と比較し、今の自分を見た時に感じるものである。最初から一人だと思うと、孤独も嫌ではない場合があるのだが、本当の孤独は、もっと奥の深いところに存在しているものだということに気付いた時、孤独というものが、自分の神経を蝕んでいることに気付かされる。
 まわりに感じるものは、人間だけではない。大学時代の雰囲気を感じさせる世界にいることがそれまで当然のことであり、意識することもなかったのに、同じ環境でも、自分の立場が変わると、今度は、まわりから隔離されてしまったかのように感じる。それが寂しさであり、憤りであったりもするのだろう。
 だが、小高い丘の近くに見つけた喫茶店は、同じ寂しさを伴わない孤独であっても、嫌だと思わない方の孤独を味わうことができる。
――結局、一人なんだ――
 それまで友達だと思っていた人たちが、皆ライバルなんだという思いは、今までに受験で経験していたはずだったのに、就職活動ともなると、また違った感覚に襲われてしまう。やはり、学生最後のイベントであり、受験もすべてこの時のためのプロセスなんだと思えることからくる感覚なのだろう。
 小高い丘にある喫茶店は、名前を喫茶「アルプス」と言った。小高い丘なのに、世界的にも有名な高いところを名前につけるのは、やはり店長の欲がそうさせるのか、あるいは、憧れに近いものがあるのか、最初は分からなかったが、入ってみて、
「常連になってみたい」
 と思うほどの店であることに気がついた時、やはり後者だと思った。
 店の客も風変わりな人が多そうだった。
 客層からいけば、普通のサラリーマン、学生から、年配や主婦の時間潰しが多い。しかし特徴としては、複数で来店する人は少なく、ほとんどが一人でやってきて、好きなようにしていることが多かった。
 さすがに常連になると、常連同士の会話に花が咲くというものだが、同じ常連でも一人になりたいと思ってくる常連さんにまで会話の中に引き入れようとは誰もしない。それは気を遣っていると思っていない自然な態度が、さりげない優しさを産むのだ。さりげない優しさには暖かさがあり、幸一はそれが嬉しかった。
作品名:リミット 作家名:森本晃次