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短編集38(過去作品)

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我似人供養



                  我似人供養



 世の中には、自分に似た人が三人はいると言われている。それは顔が瓜二つという意味に違いないが、行動パターンが同じ人間というとどうだろう?
 それを偶然という言葉だけで片付けてもいいのだろうか。
――自分の行動は他の人と少し違う――
 と思ってきた辻本だが、そのためか無意識に同じような行動パターンの人を探していたのかも知れない。
 それはどんな些細なことでもかまわない。ちょっとしたことでも気になるのだ。
 そんな辻本が味わった体験、それをここでお話することにしよう……。

 今年三十歳を少しまわったくらいの年になった辻本は、自分の仕事である営業職にだいぶ慣れ、取引先の商談相手からも一定の信頼を受けるようになっていた。
 そこまでなるのにどれだけの苦労を費やしたことか。
 辻本は物事をどちらかというと大袈裟に考える方である。したがって余計なことを考えてしまい、一つの結論に到達するのに、かなりの時間を費やすことも稀ではなかった。想像力が豊かといえばそれまでなのだが、厄介なのは自分で実際に見たり触れたりしたもの以外は信じないという観念が昔からあったことだ。
 よくいえば、真面目で実直な性格なのだろうが、悪くいえば融通の利かない頭が固い男だった。これは営業としては致命的なことでもある。言葉に出してはいけないことを言ってしまったり、言わなければいけないことを言えずに商談の機会を逃したりと、営業のタマゴの頃にはかなり苦労した。
――営業には向いていないんだ――
 と感じ、何度やめようと思ったことか。
 そんな時ちょうど取引先にいたのが、橋爪専務だった。橋爪専務は、
「あまり考えすぎない方がいい。君は商談相手の顔を見る前に、まず自分の顔をよく見ておくべきだ」
 というアドバイスをくれた。
 それから洗面所で自分の顔をよく見るようになった。
 それまで自分の顔を鏡で見るなど髪型を整えたりするくらいで、自分の表情を見るということはなかった。極端な話、目が鼻の下にでもついていない限り、表情が気になることなどないくらいである。
――マジマジと自分の顔をずっと見ているやつがいるが、そんなやつの気が知れないな――
 自分はナルシストではないという気持ちが強い。ナルシストはあまり好きではないからだ。ある意味毛嫌いしているところもある。特に若い連中が洗面所で鏡を見ながら長々と髪を整えたり、自分の表情を角度を変えて確認している姿を見るとウンザリさせられる。あくまでも目的は一つにしか思えないからだ。
――それこそ偏見なのかな? 真面目に身だしなみをしている青年たちまで偏見で見てしまうのはいけないことだ――
 頭では分かっているつもりだが、自分が学生時代だった頃があるのを棚に上げ、学生時代だった頃の自分を正当化しようとまで考えている。
――自分が正しく見えるから、他人が鬱陶しく見えてしまうんだ――
 と感じる。そんな思いを三十歳になってするようになった。
 しかし、自分は自分、人は人である。本音とは裏腹に、気にしなければ気にならない術を身につければ何の問題もないことだ。
 そういうことで最近まで、鏡を見ることはなかった。若い連中と同じ行動をしているという自分が許せないのだ。
――目的が違うから、問題ないじゃないか――
 とも思うが、それでは自分自身が納得いかない。鏡を見るという行為が自分にもたらすものの本当の意味を分かっていないのだ。実は今でもそうである。鏡を見ている自分の姿を思い浮かべると、若い連中と同じような表情をしているように思えて、慌てて想像を解こうとしてしまう自分に気付く。
 最近は自分の顔が嫌いではなくなった。学生時代の自分の顔は嫌いだったのだが、老けた顔立ちだったわりには、どこか子供のような表情であり、そのアンバランスさがたまらなく嫌だったのだ。
 いわゆる「とっちゃん坊や」っぽかったのだろう。どこにでも一人はいるような顔で、しかも一番嫌いなタイプの顔をまさか自分がしているなんて……。鏡とはそんな現実を事実として写し出すありがたくないアイテムなのだ。
 橋爪専務と会うのが一番の楽しみであった。一週間に一度の訪問だが、会うたびに、何か一つ、必ず納得させられる話をしてくれ、自分の身になっていくように思えて仕方がない。橋爪専務の方も辻本に会うのが好きらしく、訪問すれば、結構長い時間話をしていることになる。
 そんな橋爪専務が新しい営業先を教えてくれた。場所は少し遠いところにあるので、一泊して商談にあたればいいということだった。会社での営業は広範囲に渡っていて、宿泊しての営業も珍しくない。しかも新規開拓のためということであれば、会社も無下に駄目とは言わなかった。
 場所はかなりの田舎である。その街の有力者が作っている会社の社長がその商談相手ということになるのだが、バブルの時期に手広く広げた事業を、はじけた途端にうまく縮小して今も事業を成功のまま続けている。先見の明があるとして有名な人らしい。
 橋爪専務に言わせれば、それほど気まずい相手ではなく、気さくに話すことができる紳士だそうだ。男として、人間としての技量は計り知れないものがあると、辻本が尊敬している橋爪専務がいうのだから、さぞかし大人物なのだろう。
 朝、会社に出勤することなく、直接出張に行く。こんなことは営業では当たり前のことで、今に始まったことではない。
 コーヒー好きな辻本は、朝ゆっくりできる時は必ずモーニングサービスを食べることにしている。駅の近くの喫茶店、そこでゆっくりとコーヒーを飲む。その日は、スクランブルエッグにトースト、そしてベーコンにサラダだったが、一番好きなメニューである。
 クラシックが奏でられている店内の壁にはいくつかの絵が飾られていて、どこかの森の中だろうか、流れてくる川を中央にして、向こう側に広がる山を見ながら描かれていた。
 その絵を見ていると、前に行ったことがあるような気がしてくるから不思議である。しかもこの感覚は初めて味わったものではない。以前にもここで絵を見るたびに何度か感じた感覚である、
 夢の中で見たのだろうか?
 前にも見たことがあるようなところだと感じたのを、
――夢で見たことがあるところではないだろうか――
 ということで今までは片付けてきた。だが、それだけでは片付けられない何かがあることを、最近感じてきたのだ。特にここの喫茶店で見る絵には何か惹かれるものがあり、夢で見たというだけでは納得がいかない。
 コーヒーの香りが鼻を突く。コーヒーは飲むものというよりも、香りを楽しむものだという人もいたが、もっともな意見だと思う。
 しかし、口の中に広がる香ばしさは他の飲み物では味わうことのできないもので、コーヒー通が多いのは喉越しを楽しむ人もいるからだろう。コーヒーの香り、そして喉越しを忘れることなく店を出るのが、喫茶店を楽しむ醍醐味の一つでもある。
 コーヒーは覚醒効果があると言われる。眠気を覚ますためにコーヒーを飲む人も多いが逆にコーヒーを飲んでいると、想像力が湧いてくるようで楽しくなってくる。
作品名:短編集38(過去作品) 作家名:森本晃次