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短編集38(過去作品)

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 しかし、月の大きさだけはどうして違うのだろう? 
 考えてみれば都会に出てきて初めて見上げた夜空に幻滅して、空を見上げることがなくなってしまっていた。しかし、銭湯からの帰りに、友達と歩いていると空を見上げたくなるのだ。その時もやはり幻滅した時と同じ空だったのだが、そのまま前を向いてしまいそうなところを思いとどまらせたのが、大きく見える月であった。
「ああ、何て遠い月なんだ」
 と呟くと、間髪入れずに友達から返事が返ってきた。
「田舎の方の空が大きく見えるだろうから、月は都会の方が大きいんじゃないのか?」
 友達も同じ考えだった。自分だけの考えだと思っていたのに、すぐに答えが返ってきたことで、素直に喜びを感じていた。
「そうなんだけどね。でもやっぱり自然が写し出すものなんだから、素直に見てみることにしよう」
 と答えたが、友達は二度三度と頷いてくれた。
 自然に受け止め、自然に考えることで不思議だという気持ちは消えるのだ。それが田舎にいる時に培った考え方。都会の人が田舎の人を称して、
「彼らは大らかな考え方を持っている」
 と言われるゆえんなのだろう。
 自然に育まれて自然に育つ。そして自然に考え、自然を受け止める。
「自然、自然、自然……」
 これが田舎での生き方の本筋だと言えるのではないだろうか。自然という恩恵に感謝して生きているのだ。
 しかし、それが嫌で嫌でたまらなくなることがある。平凡すぎる生き方に疑問を感じ、感じれば後は疑問が大きくなっていくだけだ。それが成長期に感じるのだから、いい意味でも悪い意味でも一直線にものを見る若者にとって、自然の恩恵以外にも確固たるものを感じたくなるのだろう。
――自分を試してみたい――
 恩恵を受けて生活するというのは、他力本願の生活である。血気盛んな若者は、田舎での生活に疑問を持つ若者が出てきても不思議ではない。子供の頃でも、都会に出ていく先輩たちを羨ましいという目で見ていたように思う。実際に帰ってくる人たちを見ると、その思いは少し薄らいだが、実際に自分が血気盛んな歳になると、身体の中の血が文字通り盛んに脈を打っているように感じるのだった。
 社会人になって、初めて行った出張を思い出す。先輩との出張だったのだが、
「俺はずっと都会で育ってきたので、最初に行った田舎は新鮮だったな。お前は懐かしいだろう?」
「はあ、そうですね。田舎の匂いがしますね」
 と相槌を打った。ずっと田舎に住んでいる時と、都会に出てきてから、出張や旅行などで行く田舎では、同じ田舎でも見方がまるで違う。きっと自分が垢抜けた都会人になったような気分に浸っているのもその一つだろうが、匂いという言葉が無意識に出てきたことに自分が都会に染まっていることを感じた。
 飛行機と列車を乗り継いで目的の支店に着いたのは、午後三時を回っていた。どちらかと言うと交通の便のあまりよくない支店で、ある意味中途半端なところに位置しているので、結構時間が掛かったのだ。そのおかげでちょっとした旅行気分が味わえたが、いつも出張している先輩にとって、この移動距離は苦痛に感じられるようだった。
「今日はお前が一緒だから、あまり苦にならないな」
 という言葉が示すとおり、いずれ一人で出張するようになれば自分も、
――同じように苦になるのだろうか――
 と考えてしまった。
 その日は支店長と面会し、翌日の行動予定の打ち合わせをした。そして夜から接待となったわけだが、支店長も忙しいと見えて、それほど時間を掛けずに終わった。宿に戻ったのは午後八時にもなっていなかっただろうか。本来であるならばビジネスホテル宿泊なのだろうが、支店長の計らいで、温泉旅館に宿泊できることになった。支店長が予約を入れれば格安で泊まれるようになっているのだ。
 しかも二人での出張なのに、それぞれに一部屋を設けてくれる至れり尽くせりのサービスには感服いっていた。
 部屋に入って背広をハンガーに掛けると、気持ちがやっと落ち着いた。いくら至れり尽くせりのサービスを受けていても、さすがに初めての出張、緊張しないわけがない。
――緊張していないかも知れない――
 と感じたのは、緊張のしっぱなしだったことで、感覚が麻痺していたからだろう。その緊張の糸がネクタイを解くとともに、徐々に和らいでくるのを感じていた。
 浴衣に着替え、帯を締めると、今度はリラックスした気分がよみがえってくる。会社でも味わうことができない、そして家で一人でいる時にもなおさら感じることのできない思いをごく自然に感じられる自分が不思議だった。
 翌日のスケジュールは少し過密なせいもあって、観光という気分ではない。そのため、最初の夜くらいは旅行気分を味わうのもいいだろうと思っていた。
 幸いにも先輩とは部屋が別、一人で行動するには恰好の環境だった。自分の育った田舎とはまた違った趣のある田舎をしばし楽しみたくて、温泉に浸かる前に表に出てみた。
 温泉宿がいくつか並んだこじんまりとした温泉街。ところどころから湯気が出ていて、見ているだけで、硫黄の匂いがしてきそうになってくる。
――明日の朝食は温泉タマゴがつくんだろうな――
 などと他愛もないことを考えていた。
 温泉宿の近くというと、必ずと言っていいほど川が流れている。どうしてなのか分からないが、橋の上から温泉街を眺めるのが一番風流だと思っている。
 その橋は真っ赤に塗られた橋で、その横には柳の木が植わっていた。何となく妙な気分になりかけたが、橋を渡って振り返ると、想像したように風流な温泉街が佇んでいる。
 しばし見入っていたが、その日はあまりお客さんがいないのか、ほとんど誰ともすれ違わなかった。
――いや、宿では何人かとすれ違ったな――
 時間的にはすでに遅い時間になっているのか、ほとんどのお店が閉まっているように思えた。散歩を終えて帰ろうとした時に、ちょうどお土産屋があるのを見つけた。
 裸電球に赤々と照らされているその店は、まるで縁日の夜店のような感じだった。竹細工や、駄菓子など子供が楽しめるようなものが多いが、そのほとんどは大人が子供の頃を懐かしんで楽しめる店である。
 田舎で育った有田には懐かしいだろうが、果たして都会で育った同じくらいの歳の人に懐かしさなどあるのだろうか?
 自分と同じくらいの歳の人は、きっと遊んだことなどないだろう。それだけに物珍しさがあって買っていくに違いない。有田とは違う意味で興味を見せることだろう。
――懐かしいな――
 ゆっくりと店の中を見渡していた。明るすぎるくらいの明るさに目を取られてしまいそうな気もするが、それよりも時間の感覚が麻痺してしまいそうに感じるものを見つけてしまった。
――どうしてこんなところにこんなものが――
 懐かしいおもちゃとは少し趣きが違う。まるで縁日の屋台だと思えるような夜店にはふさわしくない。どちらかというと、綺麗なガラス製品を売っているようなお店で、店の明かりも控えめなところにこそ似合いそうな気がするのだが、敢えて置いてあるのは何か意味があるのではないかと、勝手に勘ぐってしまった。
作品名:短編集38(過去作品) 作家名:森本晃次