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煙草の匂いが……

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(え? ヤダ、煙草の匂い?)
 夜も一時近い、夜遊び帰りの温子は、アパートのドアを開けるなり顔をしかめた。

 温子は煙草を吸わないし、その匂いが嫌いなので煙草を吸う男とは付き合わない。
 夜遊びをしていれば煙草の匂いから完全にフリーというわけには行かないが、最近は吸わない男が多くなっているし、たとえ酒場であってもはっきり『嫌だ』と言える風潮がある。
 これが男ならひと悶着あってもおかしくないが、温子のような若い女ならば嫌そうな顔をされることはあっても絡まれるような事はまずない。
 もっとも、温子に対して『香水がきつい』とか『化粧の匂いがプンプンする』などと言えば途端にひと悶着起こるのだが。
 
 もっとも、この状況は『嫌だ』では済まない。
 留守の間に誰かがこの部屋に入って煙草を吸ったと言うことだ。
 
(泥棒? そんなことあるのかしら……こんなぼろアパートなのに……)

 はっきり言って温子の住むアパートはボロボロだ。
 実際のところ、ほとんど毎日遊び歩いてばかりいるのでアパートには寝に帰るだけ、それすらも男の部屋に泊まったりホテルにしけ込んでいたりするので毎日ではない。
 そして、寝るだけならアパートにお金はかけたくない、遊ぶお金は男に出させるにせよ、洋服や化粧品にもお金がかかる、働くことにあまり熱心とは言えない温子は慢性的に金欠、このぼろアパートの家賃ですらもう数ヶ月分滞納していて、一階に住んでいる『大家のババア』にはのべつ文句を言われている。
 水商売に転職すればそこそこ稼げるとは思うのだが、温子にその気はない、温子にとって夜は働くためにあるのではなくて遊ぶためにあるのだ。
 大家とソリが合わないのは何も家賃が溜まっているばかりではない、大家は若い頃水商売だったそうで、70代半ばの今でも化粧は濃く服装も派手、温子から見れば下品で醜悪、同じ世の中に存在していて欲しくない位だ。  
 逆に大家から温子を見れば尻軽もいいところ、自分は男をあしらい、時には媚びながらも女一人、必死で生きて来たプライドがある、あんな女をちやほやする男も情けないが、それにいい気になっている温子はもっと癇に障る、自分が必死に貯金して買ったアパートに住んでいて欲しくない位、その上家賃もまともに払わないと来ては……。

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 実際、部屋を荒らされた形跡はない、洋服や化粧品、アクセサリーは大事なものだからちゃんと整理しているし、この部屋では睡眠以外にほとんど生活と言うものがないので散らかってはいないのだ。
(狙われるとしたら……)
 アクセサリーは鏡台の引き出しの中……だが荒らされた形跡はないし、盗られたものもなさそうだ。

(ヤダ、怖いよぉ……)

 泥棒じゃないとしたら余計に怖い……。
 今までに付き合って棄てた男の顔がいくつも浮かんで来る……。
 自分に未練がありそうだった男は何人もいる、自分は常に『遊び』と割り切って、そういう態度を取って来たつもりだから恨まれる筋合いはないと思うのだが、こればっかりはわからない。

(あ、それともストーカーとか?……やだなぁ、怖いなぁ……まさか押し入に隠れたりなんかしてないよね……)

 そう思うと見慣れているはずの押入の襖もなんだか不気味に見えて来る。
 だが、押入はぎっしりでとても人が隠れられる隙間はないはず……そう考え直してそっと開けてみる……誰もいない……。
 だが、隠れられそうなところは押入だけではない。

(ヤダ……トイレ行きたくなってきちゃった……)

 今日も結構飲んでいる、トイレに行きたくなるのも当たり前、そう考えるとだんだん切羽詰って来る……怖いけど行かない訳にも……。
 そっとトイレに近づいてドアノブに手をかける……。

(もし誰か居たらどうしよう……)

 そう考え直して台所に行き包丁を手にする……ほとんど使ってないから切れるはず……そう自分に言い聞かせてトイレの前に戻り、ゆっくりと、少しだけドアを開ける、心臓がドキドキする。

(いきなり目があったりしたらどうしよう……そうだ……)

 包丁を頭の高さに逆手に構えてそっと中を……。

 誰もいない……。

 胸をなでおろして用を足すが、今度は外に出るのが怖い。
 自分がトイレに入ったことを察してドアの前に立っているかも……いっそのこと開けっ放しで入れば良かったと思うがもう後の祭り。

 入った時と同じように包丁を構えてドアノブを回す、もしすぐ前に立っているとすれば……。
 出来るだけ勢い良くドアを開け、包丁を構えて辺りを見回す……誰もいない。

 他に隠れられるとしたらお風呂場だけ……。
 このままじゃ眠れないことは間違いない、確かめなくちゃ……。

 そっとドアの前に立って耳を澄ます。
 
 ピチャン……ピチャン……。

 蛇口のパッキンが古くなっているかして、一週間くらい前から水漏れしている、大家と顔を合わせたくないのでそのままにしているが……。

 ピチャン……ピチャン……。

 もう耳慣れているはずなのに、やけに不気味に聞こえる……だが、人の気配はない……温子は思い切ってドアノブに手をかけた……その時……。

 ドンドン! ドンドン!

 いきなり玄関ドアを叩く音がして温子は思わずへたり込んだ。
 腰が抜けてしまったのだ。

「いるんでしょ? また夜遊びね、毎日毎日いい加減におし! 遊ぶ金があるんだったら家賃払えるでしょ!? いい加減に払ってもらわないと本当に出て行ってもらうからね! わかった!?」

 大家の声だった。
 温子は無視した、と言うか、あまりに驚いたので声も出なかったのだ。
 その時、風呂場のドアが『ギィ』と音を立てて開いた。

「ひゃぁ!」

 温子はお尻を床につけたまま後ずさりした、だが、風呂場にも誰もいなかった……。
 どうやら腰を抜かした瞬間に自分で開けていたらしい……。
 だが、とりあえずこれで人が隠れられそうな場所は全部見た、誰も隠れてはいなかった。

 ……しかし、煙草の匂いは相変わらず漂っている。
 今は誰もいないにせよ、誰かがこの部屋に入ったことは間違いない。
 何も盗られていないのだから泥棒でもなさそうだ、念のために下着の引き出しを開けてみたが無くなっているものはない、洗濯物を入れておく袋も調べたが手付かずだ。
 合鍵……それが頭に浮かぶが……いや、誰にも鍵を渡した覚えはない、温子に知られずに合鍵を作るのも不可能なはずだ。
 いや、ホテルや男の部屋で、温子がシャワーを浴びている隙にでも粘土か何かで型を取れば可能なのだろうか……だとしたら可能性がある男はいくらでもいる。

 とにかく、今夜この部屋で寝るなんて無理……温子はさっきまで一緒に遊んでいた男に電話をかけた。
「ねぇ、今夜そっちに泊まらせて」
 男は喜んでOKした、どうも泊めてもらいたいと言う意味を勘違いしているようですんなり寝かせてはくれないだろうが、見えない男の影に怯えながら夜を明かすよりはずっとマシというものだ……。

作品名:煙草の匂いが…… 作家名:ST