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短編集34(過去作品)

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未完成な夢



                  未完成な夢


 人間、歳を取ってくると子供に帰るというが、本当だろうか? 三浦秀隆は自分の人生を振り返ることが多くなったことで、最近歳を取ってきたことを痛感している。
 人生を振り返るといっても、大した人生ではない。人に自慢できるものを残したわけでもなく、途中で女房と別れ、そのまま伴侶が見つからないまま、六十歳を過ぎてしまった。
 六十歳過ぎたくらいはまだまだこれからだという人もいるが、それは自分の人生に満足してきた人がいうことである。本当の意味で満足できているか疑問だが、少なくとも今の三浦氏に比べれば、十分満足のいく人生だったに違いない。
 若い頃の三浦氏もやる気に満ち溢れていた時期があった。元々自分に自信があり、やることなすこと貪欲に結果を追い求めていた頃があった。得てしてそんな頃はまわりに人も寄ってきて、それなりに変化のある人生だった。いいことばかりが続いたわけではないが、やる気に満ちている自分が好きになれたのである。
 歳を取って、その頃のことを懐かしく感じたいと思っていたが、まさか、今のような振り返り方をするなど考えてもいなかった。
――ああ、あの時がんばってきてよかったな――
 と思える人生を歩みたいと常々考えていたのに、
――あの頃はよかった、やる気に満ち溢れていた。それに比べ今は……
 これではまったく若い頃に描いていた老後とは天と地ほどの差がある。
 一体どこで狂ってしまったのだろう。離婚してからだろうか? そういえば結婚も大恋愛をしたという記憶はない。グループ交際から始まって、気がついたらカップルになっていた。相手は大人しい女性、三浦氏も大人しい女性に惹かれるところがあったので、最初から話は合った。さすがに最初は笑顔を浮かべていても明らかに引きつっていたが、そのうちに自分の前でだけ見せる笑顔を感じるようになると、
――これが恋愛というものなのだ――
 と思うようになっていた。恋愛というものに人一倍の憧れを持っていたが、それがどんなものなのかおぼろげにしか分からず、戸惑っていた時期もあった。その戸惑いを完全に消してくれたのが、女房だったのだ。
 お互いに異性と付き合うのは初めてだった。彼女は名前を葉月といい、名前に惚れたのではないかと思えるほど、名前と雰囲気が印象にピッタリと嵌まっていた。もちろん身体を重ねるのもお互いに初めてで、最初に愛し合った時のことなど、はるか昔のこととして覚えてもいない。だが、お互いが一つになった時、
――何なのだろう? この懐かしさは――
 と感じたことだけは覚えている。初めての女性に違いないにも関わらず、感じた懐かしさ、いつも浮かべている妄想に比べて味気なさすら感じていた初体験ではあったのに、なぜ懐かしさがあるのか、まったく分からなかった。
 それから会えばお互いの身体を求めるようになったのだが、懐かしさを感じたのはその一度だけ、それこそ訳が分からなかった。
――野性の本能のようなものがあるのかな?
 人間といえども動物である。異性を求めて身体が反応するのは当たり前、本能が染み付いた身体がやっと求めていたものを探り当てた“懐かしさ”のようなものではないだろうか。
 結婚までは長いようで短かった。時間的には三年とう交際期間は決して短いとはいえないだろう。しかし、本当にお互いを知るために使った時期かと言われると自信がない。相手を本当の意味で知らなかったのは、本当に知ろうという意識が欠如していたのではと考える。
 離婚してからすぐは、
――自分が悪いんじゃない――
 と考えたが、相手を理解しようとしなかったのではないかと思うようになってから、
――やはり自分に原因があったのかも知れない――
 と感じるようになっていった。
 それが自分にとっての成長と言えたのかどうかは、今となっても分からない。
――あの時に、こうしていれば――
 と思うことはいくらでもあるが、それも感じ始めたのはごく最近である。六十歳という壁は自分を顧みることのできる壁だったように思えて仕方がない。
 自分の人生の半分がムダだったのではないかと思うようになれば、自分の過去を考えるようになる。前ばかり見ている時は、後ろを振り返ることなどありえないので分からないが、無数にあったターニングポイントがハッキリしてくるのが分かってきた。
 女に関して何度もあったように思う。自分にもう少し思い切りがあれば、付き合っていただろうという女性が数人いた。付き合って、そのまま結婚したらどうなっていたか分からないが、少なくとも、もう少し波乱万丈の人生だったことに間違いはない。屁陰な人生が波乱に満ちていないというわけではない。平穏に暮らすための道を築くためにある波乱に満ちた人生もあるのだ。
 結婚してから新婚と言われる時期は、本当に幸せだった。住む場所も賃貸ではあったが、マンションだったし、女房が働きに出なくとも生活ができていた。そんな時代だったのかも知れない。仕事はさすがに忙しく、帰って来るのは早くとも夜の十時を過ぎていた。それでも、女房は帰ってきてから食事を作ってくれ、いつも暖かい料理を食べることができたのだ。
 何かが変だと思い始めた時、それは暖かい料理が食べれなくなってしばらくしてからだった。いつの間にか料理は最初からできていてラップに包まれてレンジに入っている。毎日というわけではなかったので、
「いつも大変だから、たまにはいいんだよ」
 と労をねぎらっていたつもりだったが、そのうちにレンジでチンの回数が増えてくる。夫として寂しい気はしていたが、それも仕方のないこと、女房の顔色も冴えない感じがしていたので、自分の帰宅が遅いことを憂いてストレスが溜まっているのだろうと思っていた。
 だが、亭主の帰宅のそのすぐ前まで女房は家を留守にしていたことがしばらくして発覚した。なぜそのことを知ったのかなどはもう忘れてしまったが、その時のショックはかなりなもので、想像をはるかに超えていた。
「まさか、そんな」
 どこに行っているのだろう? 女房を問い詰めてみたが、最近知り合ったお友達のところというだけで、詳細は教えようとしない。問い詰めれば問い詰めるほど、彼女は意固地になってしまい。口を貝のように閉ざしてしまう。それも葉月の性格の一つだった。新婚だった頃の三浦氏が感じた妻である葉月の一番嫌な性格である。
「話ができなければ、何もならないじゃないか」
 何度となく殻に閉じこもった妻を説得したが、一旦へそを曲げるとなかなか強情なところがあることを、初めて知った。
「付き合っている頃はこんなことなかったのに」
 と感じ始めたのは、すでに結婚から五年が経っていた。
 きっと新婚当初にもあっただろう。だが、すべてが甘く感じる頃、そんな時期にはいい方にしか考えられなくても仕方がない。
 これが夫婦の関係にヒビが入っていたことに気付いた瞬間である。
 元々が鈍感な方である三浦氏は、すべてをいい方に解釈して考えるくせがあった。それはそれでいいことだと思ったが、ヒビが入り始めてからというもの、それがいつもとは限らないことに気付き始めていた。
作品名:短編集34(過去作品) 作家名:森本晃次