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第七章 星影の境界線で

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 リュイセンが抜刀するよりも速く、吊り目男は声を割り込ませた。そして、勿体つけるように、ゆっくりとリュイセンに向かって言う。
「今、あの別荘のボスは、あんたに負けた『タオロン様』だ」
「……」
 ルイフォンとリュイセンは顔を見合わせた。
 監視カメラを支配下においたときに、彼らは別荘にタオロンと〈蝿(ムスカ)〉がいることを知っている。だから、これは新しい情報ではなかった。
 驚いたのは、吊り目男が『密告』とも言える内容を話したことだ。
「何故、その情報を漏らす?」
 探るように、ルイフォンの目が、吊り目男の顔を舐める。
「俺は、あの正義漢ぶった坊っちゃんが嫌いだ」
 部下であるはずの吊り目男は、きっぱりと言い切り「あの別荘には、そういう奴が多い」と、続ける。
「こいつは、そうは見えなかったぞ?」
 リュイセンが、自分が一撃で倒した大男を身振りで示した。その男は間違いなく忠臣だった。
「そのデカブツは、数少ない坊っちゃんの『信者』だ。普通の奴は違う」
「つまり、何が言いたい?」
 苛立ちを含んだ声でリュイセンが詰問する。
「別荘には、あの坊っちゃんのために命がけで戦おうとする阿呆はいない、ってことだ。お前たちが強気に出れば、あっさりと白旗を掲げるだろう」
「なるほど。連携は取れていない、と。――タオロンも苦労しているな」
 ルイフォンが同情する。
 だが、敵の心配をしている場合ではなかった。別荘からの応援の凶賊(ダリジィン)が来る前に、行動しないといけない。ルイフォンは、やや口調を早めた。
「あの別荘に、〈蝿(ムスカ)〉と呼ばれる男がいるのを、お前は知っているか?」
 敵対したとき、怖いのはタオロンよりも、むしろ〈蝿(ムスカ)〉のほうだ。あの不気味な幽鬼の真意は計り知れない。
 ――そして奴は、ミンウェイの死んだはずの父親なのだ。
「知っている。〈七つの大罪〉だろ? 他に〈蛇(サーペンス)〉って呼ばれている女がいる。俺たちには『ホンシュア』って名乗っていたが、まぁ、名前なんてどうでもいいよな。不気味な奴らだ」
「ふむ……」
『ホンシュア』といえば、メイシアに鷹刀一族の屋敷に行くよう唆した、偽の仕立て屋の名前だ。ここでホンシュアが出てくるのは予想外であったが、よく考えれば〈蝿(ムスカ)〉と共に行動していても不思議ではなかった。
「〈蝿(ムスカ)〉について、何か知っていることは?」
「ほとんどねぇ。何しろ、奴らがいる地下には近づくな、と言われている」
 人質が囚われているのは最上階、三階である。それは情報屋トンツァイの情報と、ルイフォンが支配下においたカメラの情報とで一致している。
「地下に警戒しつつ、あくまでも上を目指すだけ、だな」
 ルイフォンは癖のある前髪を掻き上げ、別荘の方角に向かって好戦的な眼差しを向けた。
 深い森を挟んだ向こう側は、ぼんやりと明るく見えた。別荘の明かりが漏れ出ているのだろう。紺碧の空の端にある星の輝きも、薄く擦り切れて見える。
「それじゃ、ともかく、作戦開始だ!」
「おい、俺は役に立ったろ?」
 吊り目男が、どこか自慢げに言った。確かに、彼はぺらぺらとよく喋った。それでいて別荘にはちゃっかりと『鷹刀リュイセンが出た』との情報を送っており、身の安全を保証している。
「ああ、そうだな」
 そう言って、ルイフォンは吊り目男の腹を、思い切り蹴りつけた。
 縄をほどいてくれるとでも期待していたのだろうか。「え?」と目を点にしたまま、男は気絶する。
 これで彼は疑われることなく、これからやってくる仲間の凶賊(ダリジィン)に介抱されるだろう。いけ好かない奴だったが、充分に役立ってくれた礼である。


「気をつけろよ!」
 キンタンの高い声が、星空に響いた。
 少年たちは凶賊(ダリジィン)たちとの鬼ごっこに備え、爆竹をポケットにしまい込み、オートバイにまたがる。付かず離れずの距離でからかいながら、夜のキャンプ場をツーリングと洒落込むのだ。
「適当なところで振り切って、お前たちは帰ってくれよ」
「ああ。俺らが人質にでもなったら馬鹿みたいだからな」
 打てば響く返事が頼もしい。
「頼んだぞ!」
 草原を渡る風がルイフォンのテノールを舞い上げ、星影の隙間に溶かしていく。
 こうしてルイフォンとリュイセンは、キンタンたちと別れた。
 ふたりは、こちらに向かってくる凶賊(ダリジィン)の援軍とかち合わないよう、遠回りの小道を使い、斑目一族への別荘へと闇夜の森を抜けていった……。


作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN