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第七章 星影の境界線で

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3.すれ違いの光と影ー2



 じわりと汗の滲む手で、ルイフォンはゆっくりとドアノブを押していった。
 そこに、無明の空間が広がっていた。部屋の照明は落とされ、カーテンもぴっしりと閉ざされている。
 闇を切り裂くように、ルイフォンが流し込んだ廊下からの光が、細く長く伸びていく。
 何処にいる――?
 相手は、メイシアの大切な父親だ。一刻も早く、無事な姿を確認したい。 
 しかし、現在のルイフォンは不審な侵入者だった。信用を得るまでは、彼を脅かさぬよう、慎重に行動する必要があった。
 焦りは禁物。まだ闇に慣れぬ目を凝らして、ルイフォンは彼の姿を探した。
 刹那、部屋の奥から、空気を鋭く吸い込んだような、声にもならぬ悲鳴が聞こえた。
 扉の開きと共に、徐々に光が幅を広げ、ベッドに半身を起こした男の姿が見えてくる。彼は迫りくる光を恐れるかのように、あとずさりようもないベッドの端で震えていた。警戒し、脅えきった様子でこちらを凝視している。
 いた――!
 最愛の人の父親との、初めての対面としては、およそ最悪のものといえよう。
 けれどルイフォンは、彼が無事だったというだけで、ぐっと胸が熱くなった。
 今すぐメイシアに連絡してやりたい。傍受が怖いため、途中での通信ができないのがもどかしい。
 ルイフォンはリュイセンを伴って、さっと部屋に入り、扉を閉めた。まずはこちらの自己紹介をせねばなるまい。
 脅えている父親を刺激しないよう、距離をおいたまま、ルイフォンはまっすぐに瞳を向けた。
 ――と、その後ろで、リュイセンがいきなり部屋の照明をつけた。
 父親が、引きつったような甲高い悲鳴を上げる。ぎょっとしたルイフォンは、振り返ってリュイセンに詰め寄り、小声で抗議した。
「リュイセン、驚かすような真似をするな!」
「落ち着け、ルイフォン。暗い部屋の中で、見ず知らずの奴と閉じ込められるほうが、ずっと怖いだろうが。相手は一般人だ。俺たちのように夜目が効くわけじゃない」
 半ば呆れたような、リュイセンの冷静な低音が響く。すっかり気分が舞い上がっていた自分に気づき、ルイフォンは恥じ入った。ここまで順調にきていたから、つい調子づいてしまったらしい。
「あ、ああ……。それも道理だ。……悪かった」
 明るくなった部屋で顔を確認すると、彼は確かに藤咲家当主、藤咲コウレン――メイシアとハオリュウの父親だった。事前に写真で覚えておいたから間違いない。
 ただ、随分と様相が変わっていた。ハオリュウとよく似た顔立ちはそのままなのだが、妙に老けて見える。
 情報屋トンツァイの報告や、別の場所とはいえ、同じく囚えられていたハオリュウの証言からすると、健康状態を害するような、酷い扱いは受けていなかったはずだ。しかし、寝不足と過労からくるものなのか、眼球が落ち窪み、白髪も増えた気がする。
 早く連れ帰ってやりたい――はやる気持ちを押さえ、ルイフォンは猫背を正した。それからきちんと直角に頭を下げる。彼が滅多に取ることのない、最上の礼だった。
「はじめまして。俺は鷹刀ルイフォンと申します。あなたのお嬢さんのメイシア――さんに頼まれて……」
 そこまで言って、ルイフォンは首を振り、顔を上げた。癖のある前髪がふわりと揺れて、鋭く力強い眼差しがコウレンを捕らえる。
「――そうじゃない。『俺が』、あなたをメイシアに逢わせたいから、あなたを助けに来たんだ。あなたのことは必ず守るから、俺と一緒に来てほしい」
 鋭く斬り込むようで、それでいて、まろみのあるテノール。ルイフォンをよく知る、兄貴分のリュイセンが、聞いたことのない響きに耳を奪われた。
 ひとりの男の、心の底からの言葉が、声に力を宿していた。
 ルイフォンが一歩、前に進み出る。
 そのとき、コウレンの目が見開かれた。
「く、来るな!」
 叫びながら、コウレンは手元にあった枕を投げつけた。上質で大きめの枕は、ベッドからさほど飛距離を伸ばさずに、あっけなく落下する。
 彼は瞳に恐怖を浮かべ、身を隠すように毛布を胸元まで引き寄せた。
「鷹刀!? わ、私を殺すのか? 斑目は!? 金は渡したはずだろう!? 厳月が動いたのか? 藤咲をどうする気だ!」
 がたがたと震えながら、コウレンは言い放った。
 これは、いったい……。
 ルイフォンは愕然とし、言葉を失う。
 コウレンの頭の中では、貴族(シャトーア)の権力闘争が激しく繰り広げられているようだった。わっと叫んだかと思うと、両手で頭を押さえ込むようにしてうずくまり、耳と心を塞ぐ。
 彼は、追い詰められていた。過度のストレスが精神を蝕んだのだろう。
 荒事とは縁のなかった貴族(シャトーア)が、数日間も凶賊(ダリジィン)に監禁されたのだ。予測してしかるべきだった。同じ状況にあったハオリュウが、解放されてすぐに鷹刀一族の屋敷に乗り込んできたことのほうが異常だったのだ。
「……貴族(シャトーア)、だな」
 いつの間にか隣に現れたリュイセンが、鼻に皺を寄せながら不快げに呟いた。
 その言葉の中には、明らかな侮蔑が混じっていた。安穏な生活しか知らぬ、人は金で動かせるものと信じ込んでいる、判で押したかのような貴族(シャトーア)ということだろう。
 ――ルイフォンはそう解釈した。それは決して間違いではなかった。しかし実は、可愛い弟分の誠意を踏みにじられたことこそが、リュイセンを苛立たせた一番の原因だった。
 そうとも知らず、ルイフォンはリュイセンに掴みかかる。
「おい、メイシアの親父を侮辱する気か!?」
 ルイフォンとて、貴族(シャトーア)に肩入れする気はない。だが、コウレンはメイシアの父親である。
 彼女の話からすると、コウレンは穏やかで争いを好まず、貴族(シャトーア)の当主よりも庭師が似合うような男だ。なのに、愛息たるハオリュウのために斑目一族の元へ飛び込んでいった。結果、あっけなく囚えられてしまったわけであるが、そんな優しい父親なのだ。
「……別に貴族(シャトーア)すべてを否定しているわけじゃない」
 殺気立つルイフォンに襟元を掴まれたまま、リュイセンは冷静に答えた。
「ハオリュウと――あの女のことは認めている」
「え……?」
 貴族(シャトーア)嫌いのリュイセンとは思えない言葉に、ルイフォンの手の力が緩んだ。
 その手を軽く押しのけ、リュイセンは自由を取り戻す。そして、ルイフォンが何かを言う前に「すまんな」と謝罪した。
「今は、俺たちで争っている場合じゃない」
 そう言いながらリュイセンは、ルイフォンの体を強引にコウレンへと向けた。
「今、やるべきことは彼の説得だ。――だが難航するなら実力行使で行く。時間がない」
 脱出時には、タオロンや〈蝿(ムスカ)〉と交戦することになるだろう。そんなとき、遊び仲間の少年たちが引き受けてくれた下っ端が帰ってきたら、かなりの苦戦を強いられる。
「……俺こそ悪かった。――ありがとう」
 ルイフォンは、肩越しに振り返ってリュイセンに礼を言うと、再びコウレンと対峙した。コウレンは少しだけ毛布を下ろし、訝しげな顔で、じっとこちらを見ていた。
「メイシアから伝言を預かっている。これを聞けば、あなたが俺を信用してくれると言っていた」
作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN