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短編集32(過去作品)

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同じところで目覚める夢



               同じところで目覚める夢


 門倉俊作は最近よく同じ夢を見る。しかもそれはいつも同じところで目が覚めるもののようだ。蒸し暑い部屋で寝ていて、気がつけば汗がベットリとシャツにへばりついているようで気持ち悪い。最近自分の性格が分からなくなってきている門倉だったが、それが夢になって現れるようだ。今まで自分をよく分かっているつもりだったので、分からなくなるとどこまで落ち込んでしまうか自信がない。
 門倉の部屋は六畳一間の、何の変哲のない男の一人暮らしだが、そのわりには綺麗に片付いている。整理整頓がうまいのだろう。モノが少ないというわけではなく、用途に応じて細かく場所を区切られている。うるさかった親の影響かも知れないが、持って生まれた性格が幸いしているに違いない。
 だが、潔癖症とまでハッキリとした性格ではない。人が無頓着でもあまり気にならない性格であるし、あまりにもひどいとさすがに嫌になるが、部屋に遊びに来た友達が少々散らかして帰るくらいはお構いなしといったところだ。
 不思議なことに門倉の付き合う女性は、なぜか無頓着な人が多い。そのことについて悩んだこともあったが、今となっては気にならない。友達が散らかして帰るくらい別に何とも思わないのも当然というものだ。
 今までこの部屋に何人の女性を連れてきたことだろう。
 門倉という男、それほど女性からモテるような雰囲気ではない。あまり友達と一緒につるむこともなく、一人でいることの方が多い。学生時代は大学に下宿が近いことから、友達の溜まり場にされてしまったのだが、そのことが彼をうちに篭らせる結果となったといっても過言ではない。
 高校時代もあまり友達と遊びに行ったりする方ではなかった。それは志望大学に入学するまでは、と自らに言い聞かせていたからで、大学に入学してからは、友達をたくさん作ることに夢中になったものだ。
「類は友を呼ぶ」
 というが、まさしくその通りで、同じような考えの連中が集まったのも事実だ。将来について夜を徹して話してみたり、好きな女性の好みについて話してみたりと、話をする分には不満などあろうはずもなかった。
 しかし、彼らが自分と決定的に違うのは几帳面さだと感じた時、またしても彼の中に忘れていた「孤独」というものが顔を出してきたのだ。仲良く話しているつもりでもどこかで、
――お前たちとは違うんだ――
 と思っていた。大きな声で思い切り笑っている声を聞きながら、
――よくそんな馬鹿笑いができるな――
 と心の中で嘲笑っていた。
 自分が殻に閉じこもりやすい性格だと気付いた時に、もう一つの自分の性格に気付いていた。
 それは自分が暗示に掛かりやすいタイプだということだった。
 逃げに走っているのではないかとも感じたこともあるが、そうではない。いつも何かを考えていて、想像力を豊かにしている結果、暗示に掛かりやすいと思えてきたのだ。
 それは人から言われたことでもしかりであるし、もちろん自己暗示も感じている。最初に感じたのは自己暗示の方で、
――やればできるんだ――
 と感じたのがきっかけだった。
 あまり悪いことへの暗示には掛かった記憶がない。暗示に掛かりやすいという性格の裏返しなのかも知れないが、決して悪い性格ではないように思える。
「俺はおだてに弱いからな」
 照れ笑いを浮かべながら、人の嫌がることでも自ら進んでやる。まわりはきっと、
「またあいつを調子に乗せてやった」
 と思っていることだろう。だが、門倉は自分の性格を熟知しているつもりである。調子に乗ってやっていると思わせた方が、いろいろその後の展開上、実にやりやすいというものではないか。
 別に化かしあいというわけではないが、結果として最大の成果が出せればいいと思っている。それだけことがうまく運ぶことが多いのだが、ひょっとして自分がまわりからまんまといっぱい食わされているのかも知れないとまで思ったこともあるくらいである。それがあまり欲のなかった頃の大学時代だったのだ。
 あれから十数年経った今でも、それほど性格は変わっていない。大学時代の四年間の方が、卒業してからの数十年より長く感じるのは不思議だった。学生時代に戻りたいとまでは思わないが、どちらかというと大学時代の方が波乱に満ちていたように思う。会社に入ってからというのは、覚えることでいっぱいだったが、何か新しいことの発想ができるほど、時間に余裕がない。大学時代、発想することが好きだっただけに、平凡で面白くない毎日になってしまった。
 それでもところどころで波はやってくるものだ。結婚を考えるような女性と知り合ったこともある。結局結婚はしなかったが、その期間というのは、今思い出しただけでも波乱に満ちていたように思う。しかし、時というのは恐ろしいもの、記憶を忘却の彼方に追いやってしてしまうに十分な力を持っているのだ。
「その女のどこに惚れたのだ?」
 と聞かれると、
「大らかなところかな?」
 と答えるだろう。それまで自分が几帳面な性格だということに気付いてはいたが、まわりはどうでもいいと思ってきた。それは思ってきたのではなく、わざと思うようにしてきたのだ。
 なぜそんなことを考えたのだろう?
 それは自分が知らず知らずのうち、自分の性格に馴染まない人を毛嫌いするタイプだったということに気付き始めたからではなかろうか。それが無意識だったことで、まわりをそんな目で見ていたことに気付いたのだが、そんな時に現れたのが会社の同僚の岡本智代だった。
 彼女は誰にでも同じように接していた。相手が女性であっても、男性であっても、態度に変わりはない。男性に人気もあったが、女性の間で嫌われているという噂を聞いたこともなかった。
 大抵男性に人気の女性は女性の間ではやっかみや嫉妬などが渦巻いているものだと思っていたが、本当に性格的にいい人は男性にも女性にも同じように人気があるのだということを智代に教えられたように思う。
 知り合うきっかけは会社のそばにある喫茶店だった。その日の営業もある程度一段落し、最後の商談を、会社の近くの喫茶店で済ませた時のことだった。その喫茶店は商談でよく使う。会社の近くにある得意先のバイヤーが、その喫茶店がお気に入りなのだ。
 商談を終えてバイヤーは仕事に戻っていったが、いつもその日の仕事をバイヤーとの商談で最後にしている門倉は、そのままゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
 表がいくら暑い日であっても、アイスコーヒーを飲むことはない。ホットコーヒーを砂糖のみで飲むのだ。
 口に近づけると鼻先にあたる湯気が心地よい。かくもコーヒーの香りがこれほど魔力というものを秘めているものだというのを感じさせられる瞬間である。店内に充満しているコーヒーに香り、実は一年前まではコーヒーが嫌いだった。何といっても苦いではないか。ミルクが苦手な門倉に、いくら砂糖を入れたとしても、苦さが消えることのないコーヒーはきついだけだった。
作品名:短編集32(過去作品) 作家名:森本晃次