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短編集32(過去作品)

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都合のいい…



                都合のいい…


――サラリーマンの悲哀――
 その言葉を聞いたことはあるが、これがまさか自分に影響してくるということを福島正春は考えもしなかった。何も考えずに仕事をしていたわけではない。若い頃は同僚と上司の悪口を言いながらでも、真面目に仕事をしていたのだ。それが幸いしてか、無難にサラリーマン生活を送ってこれたのだ。
 しかし、ある程度の年齢に達するとそうも言っていられなくなる。主任になり、係長になり、課長へと昇進してくる。幾分か年功序列による昇進で、役職など名前だけと思えないこともない。
「役職になんてなるものじゃない」
 先輩が言ってたっけ。
「そうなんですか?」
 呑みに言っての愚痴なので、半分だけ聞いていたが、なるべく愚痴は気にしないようにしていたので、ピンと来なかった。
 役職になって喜んだのは最初の一週間だけ、あとは仕事に追われる毎日だった。実際に課長以上の人は残業を余儀なくされているのを見てきたが、
――何をそんなに仕事があるんだ――
 と疑問に持ちこそすれ、大変であることの真意を掴めなかった。実際に実感がないのだからそれも仕方のないことだろう。
 役職者に残業手当などない。しかし仕事だけはたくさんあって、いつか先輩が愚痴っていたのを思い出した。
――本当にそうだな――
 逃げ出したいくらいの思いが襲ってくる。しかし、考えてみれば仕事がなくて路頭に迷うことだけはしたくない。とりあえずがんばるしかないのだ。いたずらに時間だけが過ぎていく。自分の仕事もあるのに、まわりを見なければならない辛さ、それが役職というもののようだ。
 仕事が終わって会社を出るとホッとする。一日で一番ホッとする時間だ。会社を一歩出るとそこからは自分の時間、今まではその時間を大切にしていた。
 本を読んだり、テレビを見たり、同僚と一緒に呑みに行くこともあった。そんな楽しみを味わえたのもこの間までで、今は呑みに行く気力もない。家に帰れば精神的に参っていることを自覚することもなく。テレビをつけていても、見ているわけではない。音がないと寂しいのでただつけているだけである。BGMとしての効果しかない。
 食事を適当に済ませ、さっさと寝てしまおうと思っても、目が冴えていてなかなか寝付けない。疲れているのに寝付けないというのも辛いもので、そんな時は本を読んで寝ることにしている。実際にそれまで日課として寝る前に本を読んでいたが、まったく違う趣旨で寝る前の読書を続けることになるなど、皮肉なものだ。
 さすがに疲れているせいか、すぐに眠たくなる。三十分も起きているだろうか。本の睡眠効果というのが効き目抜群なことを今さらながら思い知らされた。もちろん、内容もほとんど翌日には覚えていない。
――皮肉なものだ。いや、因果というべきか――
 思わず一人苦笑いをしてしまう。何かに追われる毎日がこれほど辛いものだとは思いもしなかった。今までにもなかったわけではないが、今回ばかりはさすがに参っている。慣れれば何とかなるのだろうか?
 朝起きる時が一番嫌だ。意外と会社に行くと何とかこなせるのに、朝の目覚めが一番辛い。
――何も問題なければいいんだが――
 何か予期しないことでトラぶってしまうと、それがすべてに影響してしまう。元々、その日の予定を朝に考えて会社に向かうが、その通りに行ったことなど、今までにまずなかった。どこかでトラブルがあっては、その復旧に追われて、結局まともに仕事ができずに一日が終わってしまう。
――一体何をしていたのだろう――
 そんな気持ちが疲れに結びつくのだから、心地よい疲れであるはずがない。ストレスだけが疲れになってしまい、全身に襲い掛かる。疲れが肉体的なものを精神的なものがしのぐのだ。それでは、いくら時間があっても、気持ちの切り替えができなければ、疲れが取れるはずもない。
――そんなことは分かっているのに――
 と自覚しているにもかかわらず、どうしようもない状態に追い込まれていることがやるえない。
 それでも土曜日は仕事が早く終わる。きりがないので、終わらせるというのが実のところであるが、やはり、翌日が休みということで落ち着ける。土曜日は隔週が休みで、仕事の時ものんびりしたものだ。
 ゆっくりとできることがこれほど嬉しいとは思わなかった。彼女を作る暇もなく、結婚もしていない正春の楽しみは土曜日から日曜日に掛けて時々出かける温泉だった。
 馴染みの場所を作りたいと常々思ってきて、実際に会社の近くに馴染みの喫茶店があったりする。昼休み以外でも寄ってみては、琥珀色のコーヒーから立ち上る白い湯気を漠然と見ていることもあった。
 マスターとは馴染みなのだが、話しかけることはあまりない。他の常連さんと話しているのを横で聞いているだけで、別に口を出すこともない。贅沢な時間の使い方をしたい時にいくことが多く、話しの内容がどうであれ、その場所にいるというだけでもよかったのだ。
 温泉の話もマスターが他の常連に話しているのを聞いたのだ。さすがにその時は話に割り込んでみたが、ゆっくりするにはいいだろう。普段の世知辛い時間をあっという間に過ごすより、ダラダラでもいいから、
――時間ってこんなに長いものだったんだ――
 と思いたい。そんな時は人と一緒にいるのではなく、一人でどこかに佇んでいる姿を思い浮かべてしまう。
 海の風景が思い浮かんだ。漁村のような入り江から朝日が昇ってくる。いや、夕日が沈んでいるのだろうか。どちらか分からないのも風流な感じがしていいものだ。霜が降りているように思えるので朝かも知れない。朝日に照らされて解けゆく霜がところどころで光って見える。
 そんな光景を思い浮かべていると、砂浜で竿のような長い棒にイカを干しているのを感じる。イカ臭さが潮を香りを漂わせ、日本酒が呑みたくなってくる。普段はあまり呑めないのに、旅行に出ると酒を呑む。それも日本酒で、日本酒だったらいくらか行けるのを知ったのも、露天風呂で呑む日本酒を嗜んでからだ。
 温泉といえばそれまで誰かと一緒にしか行ったことがなかった。当然のごとく集団行動で、自分の自由はない。自由な時間がないわけではないが、本当に感じる自分の自由というものからはかけ離れていた。
――自分にとっての自由とは何だろう――
 と考えてみるがあまりにも漠然としていて分からない。集団行動をすることに反発した考えを持っていた正春は。子供の頃から親と行動をともにするのが嫌だった。
 親とすれば子供のためにと思っているかも知れないが、子供にとって迷惑な時もある。
――親の心子知らず――
 と言ってしまえばそれまでなのだが、特に弟がいる正春には面白くない。
 子供のわがままなのは分かっている。ただの天邪鬼だと思っていたが、果たしてそうだったのだろうか。自己主張が強すぎるために、言い訳はしても、結局はすべて自分が悪いと思い込む性格でもあった。
作品名:短編集32(過去作品) 作家名:森本晃次