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短編集31(過去作品)

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宙に浮く・・・



                宙に浮く・・・


「以前にも来たことがあるような気がするんですよ」
 橋本隆二は一緒に来た後輩に話しかけた。
「このあたりは最近できた新興住宅街ですから、そんなことはないと思いますよ。橋本さん、気にしすぎですよ」
 と言って笑っている。
 それはそうだろう。確かに新興住宅街といえば同じような風景が並んでいるので、似たようなところへ行った時の記憶がよみがえっただけかも知れない。それほど気にすることではない。
 最近の隆二は、よく後輩の宮本と二人で営業活動に向かう。実際に訪問するのは一人なのだが、同じエリアで活動するのは二人一組というのが会社の方針だった。二人を一緒の場所で行動させ、お互いにライバル意識を持たせ、奮起を促すというのが目的なのだ。
 まんまとその作戦は図に乗っているようだ。営業成績がよくなったことは数字を見れば明らかで、二人一組制を考案した課長の鼻も高いというものだ。
 営業は、いわゆる飛込みで行われる。家庭一軒一軒を訪問し、常備薬を置いてもらい、置いてもらった家庭に対し、定期的に交換に赴くというのが主な仕事である。
「君たちは、人の役に立っているという自覚を持って仕事をしていただきたい。そうすればやりがいが生まれ、必ずやいい結果が自分に戻ってくるはずだ」
 その言葉にウソはないだろう。だが、実際の営業が言葉通りに行くかといえばそんなこともない。嫌なこともあれば、つらいこともある。仕事だと思って割り切らないとやってられないことも多い。
 だが、中には感謝してくれる人もいるので、そんな家庭に行くのが楽しみで、まるでオアシスのように感じられる。そんな楽しみでもなければ、精神的にきついはずである。
 新規開拓がどうしても優先されるので、なかなか同じ家に訪問することもないが、本当に自分の担当で何軒か、今すぐにでも行ってみたいと思う家もあるくらいだ。
 行くと必ず食事をご馳走してくれる人もいた。専業主婦の人で、子供もいないので昼間は一人寂しく昼食を摂っているとのこと。
「たまにいらしてね。私寂しいの」
 まだ二十歳代前半という感じで、若奥さんという言葉がピッタリだ。少し派手目ではあるが、会話の内容や雰囲気からは、古風な感じがにじみ出ていて、そのアンバランスが魅力なのである。
 ここ最近は彼女の住む住宅街が営業重点エリアに指定されているので嬉しかった。二人一組とはいえ、営業を始めれば単独行動なのだ。
 彼女と話をしていると、ほんのりとした空気に包まれているようで、睡魔に襲われることがある。
――このまま眠っちゃうのはもったいない――
 と必死で頭を起こそうとするが、眠ってしまったこともあった。
 夢を見ていたように思う。それも淫らな夢。夢から覚めても胸の鼓動は収まらない。全身に暖かい心地よさが残っていて、目の前で微笑んでいる彼女の身体から目が離せない。
 まだ夢の余韻も覚めやらぬ中、彼女の家を出ると、いつも夕方だった。帰社はそれぞれ別々で、彼女の家を訪問した時は必ず帰社が遅くなる。家を出る頃には夕日が西の空に傾きかけていて、夕焼けの様相を呈しているからだ。
「実に綺麗だ」
 夕日が長い影を作っている。家の影であったり、電柱の影であったり、すべてが夕日にとっての影となる。
 明るい部分と、影の部分は明らかに違う世界に思えてならない。影の部分は、元があっての影なのだ。単独で存在できるものではなく、影の存在から逆に本体を思うこともできる。
 自分の影を見ていると、細くはあるが、自分だということを綺麗に認識できる。だが、別の人の影を見ると、これほど歪に見えるものはない。やはり夕日が作る虚映の世界、写っている道や壁に凸凹していることで、いくらでも歪に見えるのだ。
 特に夕日を見ていると感じる。水平線の近くから、沈む前の最後の力を感じる。ろうそくも消える前にパッと明るくなるというではないか、最後の力を振り絞っているのだ。
 祖母が亡くなった時のことを思い出した。最後は安らかな笑顔を見せての大往生だったのだが、意識不明から一瞬意識が戻った。その時は峠を越えたのかと思ったが、それが最後の力で、燃え尽きる前のろうそくのようだと瞬時にして思ったものだった。
 思い出したというのは適切な表現ではない。いつも頭の中に残っている記憶が、ふとしたことで、表に出てきたのだ。それが夕日の魔力のようなものではないだろうか。
 最近は、夕日に暖かさを感じる。朝日の放射冷却と比べるからだろうか、日が沈み行く一瞬なのだが、まるで縁側でのひなたぼっこを思わせる。
 ここY住宅地は初めてやってきた場所なのに、以前にも来たことがあると思ったのは、やはり気のせいではない。前にも同じような思いをしたことがあったのを思い出した。その時は仕事だったわけではなく、小さな頃の記憶だった。中学生の頃だったと思うが、両親に頼まれて、おじさんの家に荷物を届けに行った時のことだった。
 おじさんがその数日前に引越しを終えて、やっと落ち着いた時だった。それまでのアパートから、マンションへの引越しだったが、話に聞くとまわりにはマンションが立ち並んでいるようなところだということだった。
 田舎に住んでいた隆二は、そんなマンションだらけのところに足を踏み入れたことなどあるはずもなかった。
「似たようなマンションがいっぱいあるらしいから、気をつけて行ってらっしゃい」
 母親からそう諭されて向かったものだ。
 電車に乗ること三十分、今でこそそれほど遠い距離だとは思わないが、電車に乗ること自体あまりなかった中学時代、車窓から移り変わる景色をじっと見つめていたものだ。景色の移り変わりに気を取られていて、あっという間に目的の駅に着いたというのも皮肉なもので、あまり見慣れない都会の風景に少なからず目を奪われていた。
 駅に着くと、大きなロータリーがあり、正面には百貨店が立っていた。親と遊びに来たことはあったが、一人で降りるのは初めてで、見た瞬間に胸が躍ったものだ。
 バスに乗って十五分ということだったが、バスはすでに待っていた。住宅街へと向かうバスなので、昼間の時間は主婦の買出しが多く、バスの中はまばらだった。
 バスに揺られること十五分、バス停を降りたのだが、そこに広がっている風景を見て一瞬立ち止まってしまった。
――あれ? 以前にも見たことがあるような光景だな――
 と感じたのだが、それがどこからの根拠なのか分からない。そのまますぐに歩き始めるのが何となくもったいなく、その場で立ちすくんでいたが、バスはすぐに走り去り、買出しのおばさん連中も不審者を見るように一瞥して歩き始めたが、それも一瞬だけで、二度と振り返ることはなかった。
――このあたりの人たちって、あんまり変な人がいてもあまり気にならないんだ――
 と子供心に感じたが、それならその方がいい。知らない人に下手に気にされるのも却って気持ち悪い。まあ、中学生相手に必要以上に気にすることもないのだろうが。
 爽やかな風が吹いてくる。バスから降りてそれぞれの家に帰った主婦以外に歩いている人もいない。まさしく閑静な住宅街の一角であり、その先にマンションが立ち並んでいるところがあるのだ。
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次