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短編集31(過去作品)

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石ころパラドックス



                石ころパラドックス


 私が会社に入社してから数ヶ月が経ったある日、その人のことに初めて気付いた。
 いつもはほとんど目立たないような人で、だからこそ私もあまり気に掛けていなかった。もちろん、存在は知っていたが私の中でそれほど大きな存在ではなかった。どこにいても別に気になる相手でもなく、逆に目の前に急に現われてビックリさせられるくらいである。
 いつも角刈りにしていて、とても事務員だとは思えないような雰囲気は、暗さを伴うもので、声を聞いたことすらなかったような気がする。
「あの人は一体?」
 先輩に思わず聞いてみた。
「ああ、あの人は中山さんという経理の人だけど、あまり気にしない方がいいぞ」
「経理なんですか?」
「ああ、とてもそんな風に見えないだろう? ネクタイが一番似合わないタイプじゃないか?」
 どちらかというと痩せている方かも知れない。しかし一度近くに来た時に感じた威圧感は、今まで感じていた目立たない雰囲気を払拭させるかのようだった。身体から発散される体臭は、いかにも「男」を思わせ、臭いわけではないのだが、今まで気にならなかったのが不思議だった。
――気配を消すのが上手なのかな――
 人目を憚るような感じではない。それであれば却って目立つのではないかと感じ、どちらかというと、意識して気配を消しているに思えてならない。
 この会社は私が入社する少し前に、全員私服に変わったらしい。男性社員であってもネクタイ着用の義務はなく、皆ラフな服装をしているようだ。さすがに一部営業社員はいまだにネクタイ着用だが、事務所の仕事は皆ノーネクタイである。ネクタイでもしていればもっと目立たないように思えるが、男の表情が変わったのをほとんど見たことないのが、彼を目立たない人物だと思い込んだ原因だった。
 私は名前を秋田久志といい、そろそろ三十歳になる。大学を卒業して商社に入社したが、先輩社員と折り合いが悪く、昨年退社した。しばらくバイトのようなことを繰り返しながらゆっくりしていたが、数ヶ月前に縁あって今の会社に入社したのだった。
 前の会社にくらべれば規模の差は天と地ほどある。しかし、こじんまりとしている中で人間関係は暖かく、皆それぞれのこだわりを持って仕事しているように感じるところが魅力だった。こじんまりとしているため、最初は馴染めないところがあったのも事実だが、最近はそれにも慣れてきた。
 私の場合、あまり順応性には長けていない方だ。仕事をしていて、どうしても前の会社のやり方が頭に残っているため、それ以外は受け付けないような頑固なところがあった。元々社会人になった頃、
――間違いでもいいから、先輩のいうことには従うことだ――
 と最初に教えられてきた。そのため、その言葉を忠実に守り、
――おかしいな――
 と感じたことがあっても、考えないようにしようと無意識に思っていた自分がいる。仕事が終わって一段落して考えれば、
――どうしてあんな理不尽なやり方に従うんだろう――
 と、従順な自分に疑問を持っていた。しかし、それでもこなしているのは、自分が従順な性格だからだと思っていたからだ。
 しかし実はそうではなかった。
 私は人に従順な人間などではない。逆に天邪鬼な方で、無意識に自分が有利なように頭の中で絶えず計算しているような性格だったのだ。
 しかしそれでも、従順でないとはいいがたい性格ではないだろうか。しいていえば自分に従順なのだろう。自分中心の考え方をしているために、いかに自分が楽をしながら、うまく立ち回っていけるかを常に考えているように思える。
――ストレスが溜まりそうだな――
 何度となく考えてみた。計算高く、自分が有利になるように行動するということは、得てして自分の考えを歪めることにもなりかねない。それだけに、自分の中で納得いかないことも出てきているはずなのだが、それを必死で押し殺している自分がいる。ストレスがたまらないわけがないではないか。
 時々訳もなく体調の不調を感じることがある。ここで表に出してしまう方が楽だという計算が立った時は、大袈裟に体調不良をまわりに訴えている。しかし逆にきつくとも、表に出すと不利になると考える時は、何とか表に出さないように我慢するタイプである。
 前の会社では、かなり自分の中で無理をしていたようだ。
――無理なんかしていないさ――
 そう言い聞かせる自分が、まさに無理をしている証拠ではないか。
 さらに私はまわりに対して不利な性格を持っているようだ。自分でも分かっていて、治さないと辛いことも分かっているが、どうしても、そのままにしてしまう。治そうという意志が出てこないのか、治し方を考える気にもならないのだ。
 それを私はこだわりだと思っている。言い訳かも知れないが、それが自分の性格であり、順応性に欠ける原因になっているようにも思う。
 きっと、会社の連中は口に出さないまでも分かっているだろう。
「彼は分かりやすいからね」
 この言葉の後に、
「やつは、自分の好きなことに関しては一生懸命に仕事をするが、嫌いなことはやらないタイプだね。何といっても嫌だって感じが態度や表情から滲み出ているからね」
 と言われていることだろう。
 自分でも自覚していることである。面と向って言われれば少し角が立つが、言われているだろうことに関しては、それほど気にならない。だからだろうか、ある意味よく人の態度が見えてくる時がある。特に露骨な態度をとる人に関しては、ハッキリと分かるのだ。
「自分が嫌いだと思えば、まず間違いなく相手も君の事を嫌っているよ」
 友達と話をしていて出てきた言葉を思い出した。大学時代の友達で、卒業してからほとんど会っていないが、大学時代は毎日のようにキャンパスでいろいろな話をしていたやつである。自分の考えをしっかり持っている友達で、話をしていて、一番時間の経過を感じさせない男だった。今でも、どうかしたら、よく彼といた時に話した内容を思い出すことがある。
 前の会社に入って三年が過ぎようとした頃だっただろうか。先輩社員の露骨な私への態度に気付き始め、私の方でも嫌な感じが芽生え始めていた。
「会社に入社してから一年は確実に何も考えずに先輩のいうことを聞いていればいいんだぞ」
 というのが、大学の時の「社会に出てからの心得」のようなものだった。いわゆる「バイブル」と呼ばれていた本があり、そこにも同じようなことが書いてあった。それが就職を控えた学生への教訓となるのだ。
 私はそれでも、三年はあまり自分から考えることなく仕事をしていたつもりだった。しかし、私の性格が災いしたのか、気がつけば一人の先輩社員だけが私を目の仇のようにしていた。どちらかというと鈍感な私は、最初気付かなかった。
「彼も変わっているから、あまり気にしない方がいいわよ」
作品名:短編集31(過去作品) 作家名:森本晃次