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出会い~TVドラマ あなたには帰る家がある の感想~

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出会い。縁というものは演出できる。少し悪知恵の働く奴なら、一緒に行動する時間を狙って作り、運命を演出できる。

 だから。どれが演出で誰が運命の相手なのかなんて、誰にも判断できるわけがない。


 そもそも運命の相手を欲しがる時点で、出会える条件を自分で打ち消していると思う。
 運命の相手とは。自分を決して裏切らず、自分を幸せにしてくれる人間の事だからだ。

 その人の人格や幸せなんぞどーでもいいのである。自分さえ幸せにしてくれりゃそれでいいよってだけで。お前自身が心の中で泣いてようが苦しんでようがどうでもいいじゃん。自分が笑顔でHAPPYなら、それでいいんだよ。

 それで運命の相手が得られたり巡り合えたほうが狂ってる。不条理だ。捕まえられたほうも災難というべきだろう。そうならない為に、世の中は運命の相手を求める奴には、運命の相手を用意しないよう、配慮されている。

 案外、世の中のシステムって奴は不合理で不条理でありながら、中々どうして小賢しくできている。

 運命の相手と出会えないのは、貴様が運命の相手をボロボロにして、潰してしまうから出会えないようにしているだけだ。そういう事なのだろう。

 だけど。
 運命の相手じゃない。そういう相手を見抜く事は可能だ。
 その人との絶縁を覚悟した瞬間、運命が好転の兆しを見せる。いつもは思い浮かばないナイスアイデアが浮かんだり、いい言葉を人に送れたりする。

 曇り空でも。なんかウキウキしていたり。頭の上にのしかかっていた重しが取れて軽くなったような気さえする。


 主人公のヒロインと旦那は結局、離婚したままとなる。これはそういう事なのだろう。だけど、それも悪くないよね。そういうポジティブな考え方なのだろう。どちらかと言えば茄子田一家のほうが、運命の相手同士だったという事だ。大間違いな出会い方が、実は自分に最も必要な相手を用意してくれていた。

 それは、茄子田夫妻が出会いの時に、お互いがお互いを最も似合わない、求めていないという点で選んだ事がたまたま功を奏したのだろう。


 運命の相手を求めて、しかしその時に、全然運命を感じないような、ただ打算で選んだら。たまたまそれが正解だった。運命の相手を求めている時。実は運命を全く感じない、惹かれない、打算で選んだような事が、案外、悪くないって事はよくある。

 最高のものが欲しい時に、とても最高とは呼べないが使えるような品物を選ぶと、案外悪くなくって付き合いが深くなるって事はある。

 最高の相手を求めている時に、とてもそうは思えないみすぼらしい人と敢えて付き合えば、案外重要な相手になってくれた、育ってくれた。そういう話は山ほどある。

 最高の相手を欲する時に、そう思える人との出会いは、案外偽物で演出による可能性は高いとも言える。

 この人を選んだら最高だろうな、という人を敢えて選択肢から外せば、何か変わるかも知れない。今は最高でも、来年は違うかも、とか考えて。

 本当の理想の人は、目で探せない。案外、全然。運命とはとても思えないところで、そういう顔で陳列していて。

 大体がそうだ。出会った頃は、到底そうは思えない。しかし十数年も共に戦う中で「あれ?案外悪くねえじゃん?」とか思ったりする。最高とは思っていなかったから、案外伸びしろがあった事に嬉しくなっただけかもだが。

 それでも。そういう喜びのあるなしでは夫婦生活は断然違ってくる。

 うちはこの嫁さんで良かった。
 怒られる度に泣いたけど。それでも信じて正解だった。
(年上女房です)