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短編集27(過去作品)

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 といって、父から預かった写真をさっそく見せた。新宮先生は食い入るように見ていたが、その表情が一瞬変わったようにも思えたのは気のせいだろうか? 何しろ探偵というのを見るのが初めてなので、それだけ依頼対象者の顔を覚えようという「仕事モード」なのだと言われれば、きっと納得するだろう。
「二十代半ばというところでしょうか?」
 写真の女性の後ろには綺麗な花畑がある。まるで遊園地の入り口にでもあるような綺麗なところで、被写体である彼女を引き立たせるには十分な演出に思えた。
「数年前の写真ということなので、今はもう少し年を取って見えるかも知れません」
 といったものの、私が見た感じでは、数年程度で年を取って見えるように感じてこない。いまだに二十代半ばで通りそうな顔に思えてくるのは、実に笑顔が素敵に見えるからだろう。
「綺麗なお嬢さんですね。どういう方なのですか?」
 調べる方としては当然の質問であろう。しかし、
「いや、それが私もよくは知らないのです。父から頼まれて、それで探しているのですが……」
「お父さんというと?」
「今、父は病床に臥せっています。香月勇蔵というのですが、ひょっとしてご存知かも知れません」
「ああ、香月勇蔵氏ですね。ハッキリとは知りませんが、財界、政界にも少し精通されておられるようですね。お名前だけは存じております」
 やはり、父の名前はある筋では有名なのだ。私は、父のことを知っているようで、あまりよく知らない。何しろある時期は、ほとんど家にいることのなかった父である、その頃、父が表で何をしていたか興味がないでもないが、私には関係ないと思っていた。きっと、その頃は野心に燃えた一人だったことは、自分も男なのでよく分かる。
「私の父って、そんなに有名なんでしょうか?」
 心の中に一抹の不安を感じた私は恐る恐る聞いてみた。
「有名といっても、お名前を拝見する程度ですよ。実際にお会いしたことはないですね」
 といっていた。探偵といえば、守秘義務は絶対である。そんな人が、相手が息子といえども簡単に漏らすわけがない。
 ただ、私が香月勇蔵の名前を出した瞬間から、少し新宮先生の顔色が変わった気がしたのは、気のせいであろうか?
――何かを知っているかも知れない――
 と感じたのも事実で、だからといって、私も後に引き返すわけもいかない。
「その父が、私を枕元に呼んで頼んだんです」
「病状はお悪いんですか?」
「あまり芳しくはないようですね。とりあえず、もしものことも考えていると思います」
「そうなんですか。それは大変ですね。で、そのお父様があなたに、その写真を託されたわけですね?」
「ええ、そうなんです。私はその方が誰であるか、そして、父とはどういう知り合いであるかなど、まったく知らされずに頼まれたのです」
 私は新宮先生を信頼して、今までの経緯を包み隠さずに話すつもりである。依頼人が探偵を信じられなかったり、探偵が依頼人を裏切ったりすれば、この業界で新宮先生が生きていくことはできないことは分かっている。
「なかなか難しいものですね。ところで女性のお名前は?」
「はい、中島聡子さんとおっしゃるそうです。まぁもっとも、苗字の方は変わっているかも知れないということですが……」
 というや否やと、新宮先生はテーブルの上に置いた写真に腰を屈めて見つめていたが、手に取って、もう一度見直した。
「見覚えがおありになるんですか?」
 思い切って聞いてみた。
「いえ、そんなことはないですよ。とても綺麗なお方ですよね」
 ごまかしているようにも聞こえたが、相手は百戦錬磨の探偵、心の底を私ごときが見ることなど不可能だろう。
 確かに写真の女性は綺麗な人である。この写真を私と父だけが見ている分には気にならなかったが、まったくの他人である新宮先生に褒められると、まるで自分の彼女が褒められたような嬉しさがこみ上げてきた。何とも不思議な感覚である。
「ところで、香月さんのことについて少しお聞かせいただければいいのですが」
「私のことでしょうか?」
「ええ、依頼人のことも少し知っておくと何かと便利ですので」
 私は自分の今までのことを話した。
 普通に生まれて普通に育ってきたつもりだったが、こうやって他人に話すなどあまりなかったことなので、ひょっとして、
――自分は特別な人間ではないか――
 と、感じていたりもした。今まで友達と将来のことについて話したことはあったが、過去を振り返るような話をしたことはなかったように思う。友達も過去について話す人がいなかったのもその原因であるが、特に私は自分から話そうとしなかった。
――なぜ話そうとしなかったのだろう?
 今までに考えたことなどなかった。何か自分の中にトラウマのようなものを抱え込んでいるか、人と自分の人生を比較するのがナンセンスだと思っているからだろうか、本当に人に話したことはなかったように思う。
「私は今まで自分のことについて話したこともなかったですから、うまくお話できるかどうか分かりませんよ」
 新宮先生はそれを聞くと、二、三度大きく頭を下げて頷いた。
「心得ておりますよ。ここに来られる方の中には、そういう方もいっぱいおられますからね」
「どうも、自分のことを話すのは苦手ですね」
「あまり固くならずに、落ち着いて話されてください」
 その言葉で安心したのか。私は自分の生い立ちから話していた。
 中学を卒業する頃までは、あまり自分の考えというものを持つこともなく、どちらかというと、親のいうことに従順な少年だった。友達と表で遊ぶというよりも、一人で部屋にいることが多く、だからといって、母親を無視したりもしなかった。きっと、母親にとっては最高の子供だったに違いない。
 父があまり家に帰ってこないことが多かったこともあって、母は私といる時間が一番楽しかったようだ。そんな母の期待を裏切ることをしなかった私は、
――実に親孝行な息子なんだ――
 と自己満足に浸っていたのだ。
 それが中学を卒業する頃から、思春期に突入する時期とも重なって、次第に母親が億劫に感じられるようになってきた。
「マザーコンプレックス」
 この言葉に敏感に反応するようになり、少しずつ母親を遠ざけるようになっていった。
友達から、
「お前はマザコンなんだよ。気持ち悪いやつだな」
 といわれたことがあったが、それがあまりにも露骨で、私の心の中に突き刺さったのはいうまでもない。
 それからだっただろうか? 私は母親を自分からわざと遠ざけるような素振りを見せた。何も知らない母親は、さぞや辛い思いをしたことだろう。父が仕事で遅くなり、相手をする人もいなくて、母も家を空けることが多くなった。
 主婦同士の会合のようで、よく私の食事の用意をした後、出かけていった。当時は携帯電話があるわけでもなく、出かけていけば連絡は取れなかった。それでもあまり気に掛かるわけでもなく、
――一人で家にいるのもいいかな――
 と思うようになっていた。きっと、私が母を遠ざけるようにしたのがいけなかったのだろうと思えば、母が家を空けることに文句を言える筋合いでもなかった。
作品名:短編集27(過去作品) 作家名:森本晃次