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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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 転出者の階級氏名と異動内容をすべて読み上げた総務課長は、「花束要員」として待機する列の先頭で立ちすくむ美紗に、にこやかな顔で目配せをした。美紗は、自分の足がぎこちなく動くのを感じながら、居並ぶ転出者たちの前を歩いた。日垣の正面に立ち、姿勢よく佇む彼を見上げると、切れ長の目が穏やかに美紗を見つめ返して来た。美紗は、唇を噛んだまま、大ぶりの花束を差し出した。

 もし、あなたが今日、東京を離れることになっていたら
 私はこの花束を平静な心で渡すことができたのだろうか

 笑顔のままさよならを言うことができたのだろうか――


 日垣は背を屈め、無言で花束を受け取った。いつものバーで美紗に和やかに語りかけ、ほの暗い部屋で美紗の身体を優しく慈しんだ唇が、かすかに「ありがとう」と動いたように見えた。

 見送りの人垣から拍手が沸き起こる中、「職務」を果たした女性職員たちが退場し始める。美紗はふらりと日垣から離れ、慌てて彼女たちの後に続いた。
「転出者挨拶。転出者を代表して、日垣1佐、お願いします」
 居並ぶ転出者たちに促され、日垣は列の中央に歩み出た。そして、見送りに集まった者たちをまっすぐに見渡すと、マイクも使わずにゆっくりと話し始めた。
「この二年半余りの間、統合情報局第1部長として我が国の情報活動の最前線に携わり、非常に多くの経験をさせていただきました。任期中には、我が国の安全保障環境にも大きな影響を及ぼし得る国際問題が数多く発生し……」
 普段の耳に心地よい低い声とは少し違う、青空に響き渡るような声を聞きながら、美紗は見送りの人垣の後ろをとぼとぼと歩いた。直轄チームの面々を探したが、屋外の行事に参加する自衛官はみな正帽を被っているため、目印になるイガグリ頭は見つけられなかった。
「……高い専門性を存分に発揮し、労を惜しまず日々研鑽に励む皆さんと出会えましたことは、私にとって最大の幸運であります……」
 美紗はふと立ち止まった。いつのもバーが入るビルの屋上で日垣と話した時の光景が、ぼんやりと思い出された。眼下に広がる初冬の街灯りを眺めながら、彼はパイロットになる夢を絶たれてからの二十年間を静かに懐かしんでいた。