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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅺ

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 見知らぬ客に出された見知らぬカクテルを、美紗は凍りついたように凝視した。視界のすべてが、青と紺の合間のような色に覆われたかのごとき錯覚に陥る。

『限りある時間を、後悔のないように、お過ごしになってください』

 誰かが、そんなことを言っていた。誰の言葉だったのだろう。マティーニの強烈すぎる刺激に酔ってしまったのか、まるで思い出せない。思い出せるのは、冷たい藍色のイメージと、自分自身が「限りある時間」の意味を承知していたという記憶だけ……。

 彼が市ヶ谷を去った時に「限りある時間」は終わっている
「限りある時間」のその先は、今度こそ、求めてはならぬもの――

 美紗は胸元をぎゅっと押さえた。ブラウスの布地越しに、固いものが指に触れる。ピンクとオレンジの二色に輝く石。あの人のくれた誕生石の色が、青い海の中で抗う。

 あの人は今も東京にいる
 だからまだ、終わりじゃない
 
 低い振動音が数回、かすかに聞こえた。青と紺の合間のような色がかき消え、アルコールを静かに楽しむ客たちの気配と、切なくも穏やかな旋律の音楽が、再び辺りに満ちる。
 数秒の間をおいて、美紗は、先ほどの低い音がメッセージの着信を伝えるバイブレーターの動作音だったことに気付いた。膝の上に載せていたバッグの中から携帯端末を取り出して見ると、日垣貴仁からのメッセージが入っていた。