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ショートショート集 『一粒のショコラ』

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ー15ー 不思議な少女


 それは小学校の入学式のことだった。
 ピンクのワンピースを着てピンクのリボンを髪につけた私は、真新しい大きなランドセルを背負い、母に手をひかれ、学校の門をくぐった。そこには同じように親に手をひかれた子どもたちが集まっていた。
 私の記憶は、そこから記念写真の撮影へと飛ぶ。おそらく、その間に入学式が行われ、教室で先生から話を聞かされたのだろうが、誰もがそうであるようにそんなことは覚えていない。
 とにかく、私にとって入学式と言えば、ピンクのワンピースとリボンにランドセル、そして記念撮影なのだ。
 緊張気味にカメラを見ていたはずだが、なぜか私の心は隣の少女の方を向いていた。前髪を眉毛の上できれいに切りそろえ、肩まである髪はサラサラと風になびいている。顔は……なぜだか思い出せない。でも、その存在感は特別で、いつ話しかけようか、そればかり考えていた気がする。
 ところが、新学期が始まってもその子は学校に来なかった。子どもだった私は、深く考えることもなく、六年が過ぎた。
 そして、卒業式の時の記念撮影で、ふと、その子のことを思い出した。ところが、友だちに話しても、そんな子はいなかったという。誰に聞いても同じだった。みんな口をそろえてそんな子はいなかった、そう言った。
 みんなにそう言われると、私も自分の記憶違いだったかもしれないと思うようになった。あるいは夢で見たことを現実と思い込んでしまったのだろうか? なんと言っても六歳の頃のことなのだから。
 
 そして、迎えた中学校の入学式。着慣れないセーラー服に身を包み、臨んだ入学式の記念撮影で、私はまたもあの少女と隣り合わせになった。今度ははっきりと顔を見た。前髪はやはり、眉毛の上でそろえていて、お下げ髪を結っていた。切れ長の涼やかな目元は年齢より少し大人びて見える。私は思い切って話しかけた、またそんな子はいなかったと言われないように。
「小学校の入学式の時も一緒だったわよね?」
 するとその子は、ただ黙って微笑んだ。なぜか、またここで私の記憶が飛ぶ。そして三年後の卒業式で、私は彼女のことを思い出した。だがもう、友だちに聞くことはしなかった。きっとそんな子はいなかったと言われるだろうから。
 
 そして、その少女は、高校の入学式にも、写真撮影の時だけ私の隣に存在した。私たちは、見つめ合って笑みを交わすようになっていた。ただ、その子が隣にいるだけで、不思議と私は幸せな気持ちになった。ところが、成人式の記念撮影を最後に、その子は現れなくなった。もう大勢で写真を撮る機会がなくなってしまったからだろうと私は寂しく思った。
 

 そんなことを忘れるくらい年月がたち、私は結婚して家庭を持った。優しい主人とかわいい子どもに恵まれ、平凡だが幸せな日々が続いた。
 でも、時として、人生には思いもかけないことが起こる。いや、そんな言葉ではとても言い表せない、とても受け入れがたい不幸に見舞われた。大切な大切なわが子が、小学校入学目前に、不慮の事故で天に召されてしまったのだ。
 その計り知れない衝撃に、私は涙を流すどころか、呼吸の仕方を忘れてしまった。そして、息ができなくなった私はその場に倒れた。
 どのくらいたっただろう、意識が戻った時、真っ先に私の脳裏に浮かんだのは小学校の入学写真だった。どうしても思い出せなかったあの時の少女の顔をはっきりと思い出したのだ!
 あれは、紛れもなく愛しい娘の顔だった……今まで見えなかった名札の名前も今ならはっきりと見える。そこには娘の名前が書かれていた……
 中学生、高校生と節目節目に、娘はその成長した姿を私の記憶の中に残していってくれたのだ。そういえば、切れ長の目元など夫によく似ている。
 やさしいあの子が、悲しみに悲嘆する私を心配して……そう思うと、一層悲しみがこみ上げ、涙が溢れたが、娘を安心させるためにも、この深い絶望の中から、私は立ち直らなければならないと思った。しかし、それはたやすいことではない。だが、卒業アルバムを見れば、私の隣には、私だけに見える娘がいる。それが私には大きな慰めであり、一歩を踏み出す希望の光となった。
 
 愛娘は六歳が最期ではなく、二十歳のもっとも美しい姿をこの世に残して旅立った、私にはそう思うことができた。そして、私は今日も、少女のままの写真の中に、大人へと成長していく娘の姿を見守り続けている。