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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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knuckleheads

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 虫を手で追い払おうとしてバランスを崩した筒元を見て、おれは笑った。
「だっさいなぁおい。じいちゃんかい」
 筒元は自分の不甲斐なさに頭を垂れると、言った。
「やってみろや。めっちゃ素早いから」
 おれは白熱電球の光に惹かれたみたいに飛んでいく虫を目で追い、バットを振った。ランプが粉々に割れて、破片が椅子の上に降りかかった。筒元もマスク姿の顔を背けて、呆れたようにわざとらしく咳払いをした。目が慣れるまでの間どっちも無言だったが、近くで羽音がしたらしく、筒元が両手を振り回した。
「虫どこいってんな。見えへんやんけ」
 真っ暗なようで、まだ見える。おれがバットをくるくる回していると、椅子が笑った。おれは回していたバットを『椅子』の上で止めた。こつんという、軽くて固い音。
「椅子が何笑っとんねん」
『椅子』は、小分けにまとめられたパケを輪ゴムで丁寧にくくって、ジーパンのケツポケットに突っ込んでいた。ご丁寧に、全てのパケに見たことない印がついていた。筒元は土下座の体勢で動けない『椅子』にまたがったまま、器用にあぐらをかいた。八十キロの体重が全部乗って、さすがに『椅子』も軋むみたいに声を漏らした。筒元は言った。
「頼むから、ヅカに入ってくんなや」
 棚塚記念公園と呼ばれる、ゴミ捨て場と廃墟を混ぜこぜにしたような空き地。今ランプを割った公衆トイレも、元に戻るのに数ヶ月はかかるだろう。いや、永遠に戻らないかも。この辺で麻薬を捌いていい人間は限られている。ヤク中のゴールデンレトリバーを飼っている須美ちゃん、やたら服にうるさい本好きの和泉くん、そしておれだ。それ以外の人間がヤクをさばいていたらぶちのめせと、上司からきつく言われている。
「サ……、いや上司の耳に入ったら、お前マジであれやで。しばかれるとかで済まんで」
 色々と吹かすのは筒元の仕事。おれはそういうことはやらない。
 サと言いかけて途中でやめたのは、上司の名前。二十歳のおれ達が幼馴染でそれこそ小学校からの付き合いであるのと同じように、四十半ばの上司もそのころからの付き合いだ。名前は知らない。その代わり、『サンボ』という専用の呼び名がある。別に格闘技をやっているでもなく、本人の見た目から連想させる何かがあるわけじゃない。でも影がこっちをすっぽりと覆うぐらいの大男にサンボと言われたものは、理由もなくサンボになる。そういうところでおれ達は育った。
「いや、ほんと。地図間違ってたのかな~って……」
 椅子はへらへらとこの大きな『間違い』の理由を語った。
「さよか。どこの地図?」
 筒元が言うと、椅子は指差す代わりにケツを少しだけ動かした。筒元はケツポケットから携帯電話を抜き取り、ロック解除用の画面を椅子に向けた。
「開けてえな。何番?」
 椅子の言う番号を打ち込もうとする筒元を、おれは止めた。SIMカードを抜いて、真っ暗な画面をじっと見つめていると、真っ暗な中でも自分の顔が映りこんでいるのが分かった。用心に越したことはない。ロックを解除してあれこれ操作している内に、この椅子の仲間を呼び寄せることになったりしかねない。前にそういうことが一度あった。
「……あの、すんません。それどこに入ってたっすか?」
 椅子がおれに訊いた。おれはSIMカードを携帯電話の上に添えると、地面に置いた。
「これが入ってたとこに決まってるやろが」
 おれが言うと、筒元が笑った。
「深いな」
 椅子の愛想笑い。厄介な虫の羽音ですら合わせてクスクス笑っているように聞こえる。おれは笑わない。さっきから飛び回っていた虫が椅子の頭に止まった。
「動くなよ」
 おれはバットを振りかぶると、若干の手加減を添えて椅子の頭に振り下ろした。さっきの『こつん』をアンプで増幅したみたいな音。椅子のケツが跳ね上がって、筒元が飛びのいた。椅子は頭を庇ってくの字に体を折ったが、ようやく人間に昇格した。
「今ので分かったな? もうええよな、ごちゃごちゃ言わんで」
 おれは返事を待たずにバットを捨てて、筒元が手元で繰るパケをじっと見つめた。
「どうなんそれは?」
「サンプルとしてもろとくわ」
 筒元はポケットに全部ねじ込み、思い直したように二つだけ残して椅子に返した。
 おれのカローラGTまで歩く道すがら、筒元は言った。
「石内、目いいよな。俺普通に散歩している奴や思ったわ」
 おれの名前は、石内良平。全く平凡ではない石内家の一人息子。高校を卒業してからは、昔から昼夜問わず出入りしていた公園で、サンボの言葉を借りると『ヤワいクスリ』の卸売りをしている。自慢するつもりはないが、適正価格だ。クーリングオフ制度も、相談窓口もある。
 筒元は、下の名前はひらがなで『あきら』という。筒元不動産の長男で、本職はクスリの卸ではなく、自動車窃盗。こっちの方がはるかに罪深い。筒元不動産の業務の一環として、焦げ付いた『お客さま』から車を回収することもある。親子仲はすこぶる悪い。ビジネスパートナーのような関係。例外は妹の『めぐみ』。昔おれも加勢した小学校時代の大ゲンカは、名前が原因だった。数人の仲良しグループの中で誰かがぽつりと言った。『あいつん家の親は、漢字書けへんのか』。始めたのは筒元だが、殴った回数が一番多かったのは、結局おれだった。
 めぐみは、六歳年下で十四歳。落書きで埋め尽くされた地元の中学校に通っている。すらっとした体型に日本人離れしたメリハリのある顔立ちは、元モデルの母親譲り。ちなみに、筒元の親父はおでんの鍋の底に沈んだじゃがいもみたいな見た目だ。母親のDNAを引いたことで、ある意味では得をしている。人懐こくて、子供の頃は誰にでもじゃれつくから目が離せなかった。問題は、筒元の言葉を借りると、『母親のパッパラパーな脳みそまで引き継いだ』ということ。おれはそうは思わないが。
 筒元は、もうひとつビジネスをやっている。サンボも公認だし、むしろ積極的だ。おれはその運転手に駆りだされることがある。それが嫌でたまらないが、金払いはいいから文句は言えない。からくりは簡単。めぐみがメールで金持ちそうな男を釣り、筒元がそいつの調査をする。カモになりそうなら、現物が会いに来たところでサンボと二人で脅す。手当たり次第にはいけないリスクがあるが、事前の調査だけしっかりやっておけば、どうってことはない。
 ひっかかるのは、めぐみが自分のしていることに気づいていないんじゃないかということ。おれの仕事は、筒元とサンボが哀れな標的にロックオンしたあと、めぐみを家に連れて帰ること。本人は車の中で、まるで遠足の帰りみたいに『標的と過ごした数時間』のことを話す。大抵は飯を食ってカラオケに行ってとか、そういうやつだ。脅すときに使う証拠用に、めぐみは相手と二人で自撮りするように言われている。それを消さずに置いていて、筒元に怒られていたときがあった。その時にめぐみは『みんな優しかったのに』と言って悲しそうな顔をした。確かに、自撮りのときの笑顔は本物に見える。
 でも、実利主義のおれから言わせると、それは報酬でもなんでもない。めぐみにとって利益が全くないのは問題だ。
作品名:knuckleheads 作家名:オオサカタロウ