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短編集24(過去作品)

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――同じタイミングで顔を上げるのは、やはり気が合っているからだろうか――
 いや、相手はずっと頭を上げているのかも知れない。私が頭を上げるとビックリして下げるが、ずっと視線はこちらを向いているのかも知れない。頭を下げたままの私には分からなかった。
 それが私にとって重要なことになるなど、その時は気付きもしなかった・・・・・・。
 そろそろ私が入ってきてから二時間が経とうとしている。最初に入れてくれたコーヒーも半分まで飲んだところでそれ以降飲んでいないので、冷たくなっている。桑原との約束の時間が迫ってくるにしたがって、私は次第に不安に襲われてくる。
――来ないのではないだろうか――
 一抹の不安が次第に大きくなってくる。もう下を向いている気にもなれなかった。
 頭を上げると首筋が痛い。背筋を伸ばし、そのまま伸びをすると、自然と欠伸になってしまう。首を回している姿はまるで中年のようでカッコ悪かった。
「コーヒーもう一杯いかがですか?」
 すかさず声をかけてくれたので、こちらも助かった。
「じゃあ、お願いしよう」
 まだ部屋に香ばしい香りが残っている。確かに暖かいコーヒーで喉を潤したかった。
 コーヒーの香りがさらに強くなってくる。サイフォンで入れるコーヒーなので、出来上がるにつれて、グツグツ煮えたぎる音が聞こえる。このこだわりは私も気に入っていて、出来上がるまで見つめていることも多い。
 学校の授業でサイフォンの湧き上がる原理を習ったが、今は覚えていない。それだけに神秘的に見えて目が離せなくなるのだ。
「本当に不思議よね。授業で習った時には納得していたんだけど、こうやって実際に見ると、また感慨もひとしおよね」
 まさしく瑞樹の言うとおりである。気持ちが一つだという考えに間違いがなかった頃の瑞樹の話だった。その時の声が弾んでいたのを覚えている。
 湧き上がるコーヒーが琥珀色に染まる時、瑞樹には私が何を考えているか分かったのだろうか?
 湧き上がるコーヒーを見た後、私はテレビに目をやっていた。コーヒーさえ湧き上がってしまえば、後は興味がない。瑞樹にもそれは分かっていただろう。淡々とカップにコーヒーを入れているようだ。
 テレビを見ているといっても、真剣には見ていない。バラエティ番組か、二時間ドラマしかない時間帯。バラエティ番組がついているが、笑い声だけを聞いているようなものだった。
 なぜか自然と笑みがこぼれている。何が楽しいか分からないのだが、笑い声を聞いているだけで、おかしな気分になってくるのだ。だが、顔面が引きつっているかも知れない。気持ちとは裏腹の表情をするなど今までの私にはなかったことだ。
「お待たせ」
 お盆に乗せてコーヒーを持ってくる瑞樹、その表情は少しこわばっていた。それでも、妖艶な雰囲気だけは醸し出されていて、今すぐにでも抱きしめたくなるような雰囲気である。
 いつもだったら抱きしめていただろう。何の抵抗もなく私の腕にしな垂れる瑞樹、それはいつものことだった。自然と見詰め合って唇を重ねる。唇の隙間からほんのりと漂ってくるコーヒーの香りがリップクリームによる柑橘系の香りとマッチして不思議な感覚を与えてくれる。
 目が覚めてくるのか、それとも夢見心地なのか分からない。眠いのだけれど眠れない時の感覚に似ている。
 胸は大きい方だろう。華奢な身体付きのわりに大きな胸で、抱き寄せると思わず圧迫を受けるような気持ちになってしまう。瑞樹も摺り寄せるように抱きついてくるので、妖艶な雰囲気は最高潮に達している。
 息遣いが激しくなるのを感じると甘ったるい匂いが漂ってくる。普通の声よりもさらにハスキーで、少し低い息遣いは、それだけで私の気持ちを抑えられなくなる。
「瑞樹……」
「正信……」
 唇を離して見つめあうと、お互いに気持ちは最高潮だ。赤く染まった顔には潤んだ目が印象的で、お互いに求めていることが分かるのだろう。
 抱きかかえるようにしてベッドへと運ぶと、あとは二人の淫靡な世界だ。生まれたままの姿になるまでは無口だが、一旦布団に入って身体を重ねると、本能のままに動く二人はまるでケモノのようだ。
――こんな姿を見て美しいという人もいるんだな――
 漠然と考えたこともある。よほど気持ちが昂ぶっている時は考える余裕などないが、普段は瑞樹の身体を愛しながら冷静に考えている。きっともう一人の私がいるのかも知れない。
 もう一人の私は、私の身体を離れ、私たち二人を見ている。怪しく絡み合う二人の姿を息を殺してじっと見つめているのだ。見られている自分にも意識があり、見られていることに快感を覚える。何と不思議な感覚なのだろう。
 自分で変態ではないかと思うこともあるが、見ているのは自分なのだ。
――もしかすると客観的に見ている自分が本当の自分かも知れない――
 そんなことまで考えていると、どうでもよくなって自分を解放するエネルギーを感じることができる。
「何か私たち誰かに見られているみたい」
 瑞樹が時々私にそういう。その度に私はドキリとするが、心の中ではほくそえんでいる。
――瑞樹も、もう一人の私を感じているんだ――
 と、そう感じただけで嬉しくなってくる。
 しかしさすがに今日はそこまで感じることはない。これからやってくる桑原のことを考えているからだ。
 瑞樹はどうなのだろう?
 様子を見ている限りでは、私の知っている瑞樹とは少し違う。妖艶ではあるのだが、甘い香りが漂うまで気持ちが昂ぶっていないようだ。それでも瑞樹は私にしな垂れてくる。唇を求めてくるのだ。
 柑橘系とコーヒーの香りに誘われながら、唇を奪う。いつもより激しいような気もするが、遠慮も感じられる。
――感じてはいけないんだ――
 という瑞樹の気持ちが伝わってくるようだ。単純に私の気持ちを探っているようにも感じる。まるで初めて唇を重ねた時のように震えていて、それでいて、重ねた唇を離したくないという思いが感じられる。
 どれくらいの時間が建っただろう? やはり瑞樹から甘い香りを感じることはない。私を求めてはいるが、一歩踏み切れないように感じる。
 唇を離すと、お互いにまた下を向いてしまい。会話がなくなってきた。真っ赤になっている顔を上げることができない瑞樹は、少し震えているようだ。
 下を向いていても、目はあちこちを向いているようで、戸惑っているのがよく分かる。唇を離したことに後悔しているのだろうか?
 ハニカミのようにも思えるが、初めて瑞樹を抱いた時とは随分雰囲気は違っている。きっと瑞樹のすべてを知っているからだろう。
 目のやり場に困った私はコーヒーを口に持ってくる。二杯目のコーヒーは先ほどよりも少し苦めに感じる。最初に飲んでいて、舌が慣れているにもかかわらず味が違う。口づけの影響だろうか?
 私がカップを口に近づけようとすると、それまで下を見て戸惑っていた瑞樹が頭を上げた。一気にというわけではなく、徐々にである。恐る恐るというべきか、その目が輝いて見えたのは気のせいではない。
「ゴクっゴクっ」
 ゆっくりと喉を通る音が聞こえている。自分に聞こえるだけかも知れないが、瑞樹は私の喉に注目している。流し込まれていくのが分かるのだろう。
作品名:短編集24(過去作品) 作家名:森本晃次