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吉葉ひろし
吉葉ひろし
novelistID. 32011
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ブドウのような味の恋

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ぶどう棚


たわわに葡萄がぶら下がっている。食べ放題とあって妻は旨そうな房を捜している。
マスカットの緑色は、昔よく食べたインドリンゴを思い出させた。
「あなた、この房とってよ」
妻が私に言葉をかけて来た。
妻にその葡萄を渡すと
「食べてみない、きっと当たりよ」
と言った。
私は一粒口に入れた。確かに甘く酸味が口の中に広がった。
ぶどう棚の隙間からは青い空が見えた。
その空は小さくはり絵のようであった。棚の棒がアングルのようにも感じた。
私は絵を見ているような錯覚に落ちた。
「ぶどう棚の女」その絵を見たのは東京のデパートであった。
妻の買い物に付き合わされて、持て余していた時間を消化するつもりであった。
その絵は葡萄の房の中に裸婦が隠し絵のように見えるのだった。
私にはエロチックに見えたのだ。
その絵を描いた画家らしい女性が机に座っていた。
「宜しかったら記帳をお願いいたします」
私は素直に住所氏名を書いた。
彼女は裕子と言った。それは1ヶ月後に届いた礼状から解った。
それには彼女のブログも案内されていた。
そのブログにコメントを載せてから彼女とのメールが始まった。

「あなた葡萄食べないの」
妻の声に私は手を伸ばして葡萄の房を掴んだ。
その妻の声は私を裕子から引き離す声でもあった。
裕子は45歳。独身である。
私はすでに55歳になっていた。子供たち2人も独立していた。
経営する会社も順調であった。
妻に何の不満もない。
それなのに私の心は裕子に近づいて行くのであった。
絵を見なければ良かった。
メールを交換しなければ良かった。
と思いながら、妻に初めて会った時の様な感情を裕子にも感じているのである。
これ以上の事は許されることではない。
そんなことは百も承知であるが、道徳をも突き破ってしまいたいとも思うのだ。
冷静に考えればそんな幸せが長くは続かないだろう。
ぶどう棚から旨そうな葡萄をもぎ取るようにはいかないだろうと思う。

一枚の絵がこれほどに私を苦しめて居ながら、私は嬉しくも感じるのだ。
ただ、この事で裕子の気持ちが傷つきはしないだろうかと考えると、私は心が痛む。
マスカットの皮を剝くと果肉が甘い香りを漂わせた。
裸婦の絵が浮かぶ。
その顔は裕子なのか妻なのかと聞かれた所で、いまの私には答えられないかも知れない。