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短編集23(過去作品)

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 以前から立ち寄ってみたいと思いながら入らなかったのは、きっと自分の中で機会を窺っていたのかも知れない。喫茶店に限らず、よく来るところで初めて入る店は知らず知らずにタイミングを計っている。それは最初のインパクトをより一層いいものにしておきたいという気持ちの現われなのだろう。
 喫茶「ユニーク」は、それこそ駅前にあり、学生の乗り降りなどいちいち確認できる。待ち合わせで利用する人もいるだろうが、慣れてくると、皆それぞれ自分たちの馴染みの店を見つけるようで、あまり常連として定着しないのは、私には信じられない気持ちだった。
 それはきっと私が学生ではないからだろう。初めて入った店にはピアノ音楽のクラシックが流れていて、ちょうど朝だったので、爽やかだった。いつも昼過ぎにしか来ることがないが、その時に覗く店内は結構人でいっぱいだった。しかし、朝の十時前くらいともなると客はまばらで、ほとんどが一人だけでいる客なのだ。
 普段は昼からの営業活動コースになっているM駅界隈なのだが、その日は先方の都合で会社に昼前に来てくれとの約束で、少し早いと感じたが、朝一番でこちらにやってきた。目的は喫茶「ユニーク」に寄ってみたいと感じていたからだ。
 さすがに午前十時前というと中途半端な時間なのか、それほど駅を降りる学生の数もいなかった。
 いつも立ち寄りたいと思いながら横目に見ている喫茶「ユニーク」 とは違い、その日はドッシリと落ち着いた佇まいを見せている。赤レンガで造られた店の外観は、私の知っている喫茶店の中でも落ち着いた感じを思わせ、さらに微動だにしない重々しさのようなものを感じさせる。それを重々しいと感じさせないのは、店内から香ってくるコーヒーの香ばしい香りが温かさを含んでいるからに違いない。
 コーヒーの魔力、それはこんなところに感じるのだった。
 店内に入ると、さすがに暖かった。ちょうど季節は晩秋の時期だったので、この暖かさはとても嬉しい。まるで睡魔を誘っているような暖かさも、コーヒーの香りが打ち消してくれ、実に心地よい雰囲気が店内には漂っていた。
 やはり客は皆一人の人が多く、本を読んだり、スポーツ新聞を見たりと、皆様々であるが、一様にモーニングセットを食べているのを見るのも面白い。
 私は大学時代から一人暮らしである。部屋で朝食を食べるということはあまりなく、食べないことの方が多いくらいだが、それでも学生の頃は時間があったので、よく喫茶店に入ってモーニングセットを食べていたものだ。コーヒーとサラダが合うのか、バッチリと眠気を覚ましてくれた。
 喫茶「ユニーク」は、私をそんな学生時代の思い出に浸らせてくれそうだった。
 卒業してすぐであれば「甘え」のようなものが出てくるかも知れないが、もうすでに数年経っている。今ではただの思い出として思い出すことで、却って新鮮な気分になれる。それが有難かった。
 さすがに疎らな店内なので、好きなところに座ることができた。カウンターの一番奥が空いている。ここは乗り降りする人が一目で分かる席でもあるので、そこに座ることにした。別に待ち人がいるわけではないが、駅を漠然と眺めるだけでも、きっと気分転換になると考えたのだ。時間だってまだタップリとあるのだから。
「いらっしゃいませ」
「モーニングセット」
「はい、かしこまりました」
 きっと大学生のアルバイトではないだろうか。かわいい女の子がオーダーを聞きに来た。よく見れば私のタイプであった。いつもならもう少しゆっくり顔とかを観察しながらメニューを選ぶフリをするのだが、これだけアッサリとしかも無愛想にしてしまう自分が口惜しい。それだけ自分のタイプだったからに違いない。
 私はこう見えても恥ずかしがり屋である。
 人によっては冷静沈着に見えるらしいが、恥ずかしがり屋で、特に気持ちと反対のことをしてしまうことがあるらしい。タイプの女の子にはそっけない態度を取ってしまうという、まるで子供のようなところがあることだ。我ながら恥ずかしい。
 さっそく私はカバンの中から文庫本を取り出し、読み始めることにした。これは今日この店に立ち寄ることを決めた時に、店で読もうとこの間本屋で購入したものだ。
 私が本を読むということも最近はなかったことだ。学生時代であればそれこそモーニングセットを食べながら読んでいた。しかし卒業してからは、たまに寝る前に読むくらいで、それ以外の時間に読むことなど希であった。それも眠れない時だけである。
 本を読むと眠くなる。
 こんな人は私だけではないだろう。私の場合は徐実に現われているようで、数ページ読んだだけで、両方の瞼がくっついてしまう。睡眠薬のような効果があるようだ。
 だがコーヒーというのは唯一その睡魔に打ち勝つことができるらしい。しかも喫茶店という雰囲気であれば、なぜかあまり眠くならない。部屋でコーヒーを飲みながら本を読んでも、それほどコーヒーの効果はなく、睡魔に襲われていたからだ。
――暗示に掛かりやすいタイプ――
 これは学生時代から感じていたが、
――喫茶店なら眠くならない――
 これが私への自己暗示なのかも知れない。
 ゆっくりと扉を開いて、しおりを取り出し、
――さぁ、読み始めよう――
 と両肘をテーブルにつけ、いつもの読書体勢に入っていた。
 読み始めで私は本に嵌まってしまう予感があった。読書というのは、最初のインパクトで本の世界に陶酔してしまうことができれば、時間を感じることもなく、もちろん睡魔に襲われることもない。喫茶店という雰囲気は自分を本の世界に陶酔させるにもってこいの場所なのだろう。
 そう感じたのは本の冒頭の数行を読んでからである。奇しくも本のプロローグは喫茶店のシーンだったからである。
――一人の客が初めて立ち寄った喫茶店、そこはコーヒーの香りの充満する店で、主人公とおぼしき青年が思わず立ち寄ってしまった――
 そんな冒頭であった。
 最初から計画していたことを除けば、私の今日の心境と本の内容がピッタリではないか。これでは自分が本の世界に陶酔しないわけはない。そんな風に感じるのも無理のないことだった。
 ますます本に陶酔しそうな体勢に入っていく自分を感じていた。読書とはやはりこうでなくてはいけない。
 本を読み始めてどれくらいの時間が経ったであろうか。ふと顔を上げると少し首が痛かった。入った時間を正確に覚えていないが、読んだページ数あたりから考えても三十分は読みふけっていたことになるだろう。
 本を読み始めて三十分くらい没頭することは珍しいことではない。しかし今日に限って言えばその時間があまり経っていないように感じるのは気のせいではなかろう。
 顔を上げたその横には数人の客が来ていて、皆同じように何かを読んでいる。ちょうど私から三つほど離れた席に大学生にしては落ち着きのある顔立ちの青年が本を読んでいる。
 本を読む時は皆一様に難しい顔になるだろうから不思議はないのだが、難しい顔というより、やはり落ち着きを感じる。何か余裕のようなものを感じるといった方がいいかも知れない。
 私が見ているのに気付いたのか、その男はこちらを振り向き、軽く会釈をした。
「おや、その本……」
作品名:短編集23(過去作品) 作家名:森本晃次