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短編集22(過去作品)

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「君は僕をずっと見つめていたね」
 仲良くなってから聞いたことがある。
「違うわよ。私が見た瞬間にはあなたが私を見ていたのよ」
 その時初めて分かったのだ。彼女と同時に目が合ったことを。
 しかしそのことが合図だったのかも知れない。その日のうちにキスをして、そのままホテルへと向かった。
 彼女に抵抗の意志などあろうはずもなかった。まるで待ち望んでいたかのように、お互いを貪りあう、本能のままの行動はまったく自然だった。
「私、あなたを待っていたような気がするの」
「僕もだよ。初めて目が合った時、前から知っていたかのような気になったのだが、それ以上に、君とならずっと一緒にいても何ら不自然じゃないと思えたんだよ」
「そうね、靖」
 みゆきが初めて私の名を呼んでくれた瞬間だった。
 一瞬にしてみゆきのすべてを知ったような気になっていたが、すべてが終わり、天井を見ながらみゆきと話していると、まだまだ自分の知らないみゆきがいて、それをどんどん知りたいという気分になっている。きっとみゆきも私に同じような思いを抱いていることだろうと思うと、そこからぎこちなさなど起こりようもなかった。
 身体から気だるさはなかなか抜けなかった。身体に当たるシーツのガザガザとした感触を全身で感じながら天井を見つめていると、急に天井との遠近感が取れなくなってくるようで、目を瞬かせていた。そして左腕にのしかかってくるみゆきの頭の重たさをしっかり感じていた。
 お互いにそこから会話はなかった。疲れてしまったのか、すっかり気持ち良さそうな寝息を立てているみゆきをよそに、私は天井から目が離せないでいた。次第に腕にのしかかった頭の重さを感じなくなると、自分の身体自体が麻痺してきたことを感じていた。
 静けさの中で聞こえてくる耳鳴りは、以前にも感じたことがあるものだった。あまり気持ちのいいものでなかったことだけしか覚えていないことを考えると、その後、意識がなくなっていったのかも知れない。今まさに薄れいく意識の中で、このまま深い眠りに落ちていくのを待っているだけだった。
 その時私は夢を見ていた。
 少し離れたところに見たことのある女性がいるのだが、それが美奈子だと気付くまでにそれほどの時間は掛からなかった。眠い目を擦りながら次第に視界がハッキリしてくるような状況で、よく美奈子だと分かったものだと、我ながら感心する。美奈子は幼な顔が特徴だったが、シルエットになっていればこれといった特徴はない。しかもみゆきがそばにいることを意識しているはずなのに、夢に出てきたのが美奈子だというのが納得がいかなかった。
 キッチリと別れたはずだった。確かにぎこちなくなって別れたのだが、お互いにぎこちなさの中に暗黙の了解のようなものがあったはずだ。未練がなかったといえば嘘にはなるだろうが、その未練を振り払ってくれたのがみゆきの存在ではなかったのだろうか?
 出口のない自問自答を繰り返すだけだった。
――何か私の中にトラウマとなって残っているものがあるのかも知れない――
 それがどうやら美奈子と関係があるように思うのだが、それを考えると、またしても目の前にはホテルの天井の絵柄がよみがえってくる。
――また袋小路に入ってしまったな――
 袋小路に陥る時に感じる前兆のようなものが天井の絵柄にはあった。お互いに自然な気持ちで身体を重ね、後悔などあろうはずもないのだが、天井の絵柄を思い出すことは私にとって恐怖であった。あれから何度となくみゆきと愛し合ったが、最初の頃は果てた後の気だるい気持ちの中で陥る袋小路に悩まされていたものだ。
 しかし、最近はそんなこともない。別に慣れたわけではないのだが、ひょっとして美奈子のことを思い出すのが密かな楽しみになっているのではないかとさえ思える。今どこでどうしているか分からない美奈子だったが、少なくとも私の記憶の中で大きくなりつつあるのは事実である。
 そういえば中学時代の私は、部屋の天井を見てぼんやりとしていることが多かった。木造アパートの天井に波紋のような年輪が不規則な形で異様な形状を描いていた。見方によっては中心になるほど遠く見えたり、逆に大きく広がった輪ほど遠くに見えたりと、瞬き一つで様々だったのを覚えている。
 しっかり見ているつもりでも頭は違うことを考えている。袋小路に入ってしまいそうな考え事を何度したことか……。きっと袋小路に入っていたに違いない。袋小路に入ることを予感させる出来事を記憶しているわけではないのが口惜しい。もし覚えていたとすれば、今後袋小路から抜ける術が見つかるような気がするからである。
――みゆきとのことは本当だったのだろうか?
 美奈子との時ほど印象に残っていないのは、初体験ではないからだと思っていた。しかし、みゆきと愛し合うたびに私の中で大きくなる美奈子のことを思うと、次第に自分が中学時代に意識が向いていく気がして仕方がない。
 中学時代というとボロアパートの窓から見下ろした男のことと、彼が消えたであろう部屋の住人である「おねぇさん」のことが交互に思い出されてしまうのだ。
――もう少しで思い出せるのだが――
 どちらを思い出すのか分からないが、片方を思い出すと袋小路が開け、すべてを思い出しそうな気がする。
 みゆきのような女性が現れる予感が、心の中で芽生えたのはいつ頃のことだったのだろう。美奈子が私の前からいなくなってからすぐだと思っていたが、私の心に変化があったような気がするのは、少し間があったからかも知れない。
 その間に私の心に起こった変化とは如何なるものだったのだろう。ボロアパートの「おねぇさん」のことを思い出そうとすると、アパートにやってくる男のことがおぼろげになり、逆に男のことを思い出そうとすると「おねぇさん」のことが霞んでしまう。どうやら同じ次元で考えてはいけないのかも知れないと思うのだが、そうすると脳裏に浮かんでくるのは、シルエットに浮かび上がるケモノのように貪りあう男女の姿だった。
 音のない世界で繰り広げられる痴態は、かすかな息遣いだけをあたりに与え、湿った濃い空気が充満しているようである。切ない声が漏れてくるのを感じると、今度はフェードアウトしたかのように耳鳴りの中に消えていく。
 まるで、肝心なところまで来ると目が覚める夢を見ているようだ。
 だが、夢というのは本当に肝心なところで目が覚めるものなのだろうか? 夢というのは目が覚める寸前に見るものだという。いかに長く感じる夢であっても一瞬のことのようだ。そんな夢を単純に記憶だけで割り切っていいものだろうか? そう考えると、記憶にないのではなく、頭の奥深くに封印されているものだという考え方もできる。一度も来たことがないところなのに、以前に来たことがあったようないわゆる「デジャブー現象」というのも納得のいくものかも知れない。
 目が覚め、意識がハッキリしてくるにしたがって夢に対しての記憶が定かでなくなるのは、肝心なところから封印されていくからなのかも知れない。それによってまったく繋がらなくなる夢もある。夢を見ていないと思うのはそんな時なのだろう。
作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次