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短編集22(過去作品)

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 坂があるわけでもないのに、息が切れてきて、途切れ途切れに吐く息の白さを感じることができる。それだけ冷たい風を身体全体が浴びているにもかかわらず、額から流れ出る汗を感じずにはいられなかった。
「ふぅふぅ」
 足が強ばってくるのが分かるみたいだ。たったこれだけの距離なのに、ずっと歩き続けているような不思議な気分になるのは、きっと余計なところに力が入っているからであろう。入りすぎた力が無理な姿勢を保たせ、それが呼吸に影響してくるから、余計に焦ってくる。まったくの悪循環なのである。
 そういえば、以前もここで同じように息を切らせながら、誰かを追いかけた記憶がある。
――よく似た感覚だったな――
 思い返してみるが、記憶が繋がらない。
 それも当たり前のことかも知れない。明らかに意識が遠のいていく感覚を今、思い出しているからだ。
――私は誰かを追いかけながら急いでいた。しかし、どこかで意識が薄らいでいき、結局そこから先の記憶が飛んでしまっているのだ――
 はっきりとした記憶ではない。しかし、そう感じることが私の中の記憶で一番釈然とすることだった。
――ということは、今の私も意識がなくなるのだろうか?
 少しペースダウンすればいいことである。しかし、ここまで高ぶった気持ちを抑えることは、もう無理だった。もし、ここでペースダウンをしてしまうと、却って呼吸を整えるのが難しくなり、意識を失うように思われた。
 まるで水の中を歩いて行くかのごとく、進んでいるようで進まない中、気が付けば角の近くまで来ていた。息切れは相変わらずで、いつ意識がなくなっても不思議のないくらいだと思っていたが、耳鳴りの中で急に音が消えていくのを感じた。
――このまま気を失ってしまうのだろうか?
 という思いだけが頭にあった。目の前がクラクラしてはいるが、ハッキリと視線はさっき女が消えた角を捉えている。
 歩幅が少しずつ短くなっていく。それだけ早歩きの様相を呈しているのだが、それによる頭の揺れが小さくなったことから、余計に視線の先に神経が集中しているのが分かる。
 やっとの思いで角まで来ると、彼女の曲った方をゆっくり覗き込んだ。
 姿を見ることはできない。といってどこかに曲がるところがあるわけでもなく、紛ってから先は店があるが、入り口は向こうの端の方にあり、入るにはかなりの早歩きが必要である。
 店はファミリーレストランで、入るには駐車場を横切り、かなりの距離がある。
――やっぱり店に入ったのだろうか?
 と考えながら、じっと入り口を見ていた。
 すると、どこかから視線のようなものを感じた。それは背後からであって、さっきまで自分が歩いてきた道であった。
 思わず振り返った。
 一塵の風を感じたのと、視線を感じたのとどちらが最初だっただろう。頬を撫でる生暖かい風、一瞬感じたその風が私の集中力を女性の方から削いだのである。彼女のことも気になるが、さらに生暖かい風が教えてくれた私を見る視線が、次第に気になり出した。
 しかし振り返ってみるが、そこには誰もいない。振り返る時、それほど急いで振り返ったわけでもないのに、一瞬方向感覚を失い、立ちくらみがしたのはなぜだろう? それだけ緊張感があったのかも知れない。
――気のせいか――
 そう感じてさらにあたりを見渡す。一塵の風が果たしてどこから吹いてくるものなのかを感じたかったからである。確かに風は強めに吹いている。しかし、最初に感じた生暖かい風は、もう感じることができなかった。
――私を誘うための風だったのだろうか?
 角から左に曲がった女性を見るのに左を向いた右の頬に感じたのだから、きっと風は今自分が歩いてきた方向から来たのは間違いない。視線を感じたのと、風を感じたのは、やはりほとんど同時ではなかったであろうか?
――そういえば、最近温もりを感じたことなどなかったな。いつからだろう?
 私は二年前まで付き合っていた女性がいた。
 付き合い始めた頃は、まだ彼女が学生時代の頃だった。短大の一年生の頃で、知り合ったきっかけは友達の紹介で合コンしたのが最初だったのだ。
 最初から気になる女性だった。元々、ポッチャリ系が好きで、私の身体が大きいことから、小柄な女性と付き合いたいと常々思っていた。きっと私は彼女に対しての視線が他の人に対してのものと明らかに違っていたのだろう。
「おい、お前彼女がいいんだろう?」
 そう言って一番仲のよかった友達が、彼女に対して顎を指した。アルコールの入った席で、しかも合コン慣れしているであろう女子大生に対して、これくらいのことは別に何でもないことなのかも知れない。しかしさすがに最初私は失礼かと思い、まともに彼女の顔が見れなかった。
 却ってそれが露骨に写ったのだろうか? 彼女もさすがに私の視線に気付いたようで、斜め前に鎮座している者同士、気がつけば視線をチラチラとお互いに向けていたのだ。
――言われなければ、ここまで露骨にならなかったのにな――
 そう感じながら、自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。酔いも一気にまわってきたようで、呑むペースを少しトーンダウンさせていた。
 私はまだ大学卒業してから会社に入社したてで、どちらかというと会社の仕事のことが頭にあって、心底楽しんでいたわけではなかった。
 大学時代といえば、さすがに一年生の頃に何回かの合コンは経験している。あまり快活に喋る方ではなく、人数合わせの意味合いが大きかったこともあり、カップルになることはなかった。うまくやっている連中を見ながら一人で酒を呑んでいるといった寂しいイメージが合コンにはある。
 では、なぜその時参加する気になったのだろう?
 確かに友人から誘われての参加だったのだが、何となく出会いがあるような気がしたのも事実である。
――こんなにウキウキした気分は久しぶりだ――
 その時の私がどんな表情をしていたのか、自分でも思い出せない。普段は大学時代に少しだけでもあった余裕が、まったくなくなったために強ばった顔をしていたことだろう。学生時代と言えど、決して余裕があったわけではない。少なくとも時間的に余裕のあったことは確かなのだが、却ってそれが余計なことを考える時間にまわってしまい、言い知れぬ不安だけが押し寄せていたのかも知れない。
――今までとは、住む世界が違うのだ――
 今までは「学生だから」といって済まされていたことが、これからはそうも行かない。何しろ世間の見る目が違ってくるし、それも身に沁みて分かった。
 さすがに最初の一ヶ月は自分から何かをしようなどという気も起こらず、余裕もなく流されていく時間に、必死にしがみついていたというのが実感である。
 しかし、今回の合コンの話には自分から参加の意志を示した。誘ってきたのが大学時代の友達だったというのも一つの理由であるが、やはり予感めいたものがあったのだろう。
 私が彼女に気があることを察した友人が、わざわざ彼女を私の隣に誘ってくれた。ひょっとして嫌がられるのではないかとも思ったが、案外と簡単に連れてきてくれたのには、ビックリした。さすが合コン慣れしているのか、友達は女性のエスコートがうまい。
「私、実は最近失恋したんです」
「えっ」
作品名:短編集22(過去作品) 作家名:森本晃次