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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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ゴッドハンド


 いつもと変わらぬ、いつもの光景。
 ここは帝都の?白い砦?と称される帝都病院。
 搬入口から患者が担ぎこまれて来た。患者は見た目からもわかる意識不明の重体で、顔には大きな穴が空いていた。――顔が抉られいたのだ。都市に蔓延る怪物どもの餌食にでもなったのだろう。
 この重体患者のオペに執刀したのは、この病院の院長――蜿[エン]だった。
 白衣を着ているのは医師として当然だろう。しかし、蜿の全身は白だった。白衣だけでなく、頭を覆う白い頭巾、顔を隠す白い仮面。不気味としかいいようのないいでたちであった。
 手術台の上に寝かされている患者を蜿は仮面の奥から見つめた。
「脈拍は正常だ」
 顔を抉られ、血を噴出している患者を見て、蜿はそう断言した。
 意識不明であったはずの患者が、顔に唯一残った下顎を動かし、そこから玲瓏たる声を響かせた。
「あら、わたくしに触れもせずに、〈視た〉だけでわかってしまったのね」
 喪失していた闇に白い顔が浮かび上がる。それは女性の顔だった。その名は夜魔の魔女セーフィエル。
「はじめまして、わたくしの名はセーフィエル」
 手術台から上半身を起したセーフィエルは、白い繊手を伸ばして蜿に握手を求めた。だが、蜿が握手をすることはなかった。
「キサマ何者だ?」
「人は夜魔の魔女と呼ぶわ」
「目的はなんだ?」
「おしゃべり……うふふ」
 月のようにセーフィセルは静かに笑った。静かの中に蜿は底知れぬ狂気を感じた。
「おしゃべりだと?」
「そう、あなたとふたりっきりでおしゃべり。あなたが執刀するときは、必ずあなたひとりしか手術室に入らないと聞いたから、ここならふたりっきりになれると思ったのよ」
 そう、この部屋にはふたりしかいなかった。他は誰もいない。人外の存在もだ。
 セーフィエルの両手が、蜿の白い手袋の嵌められた両手をふわりと包み込んだ。蜿は不思議と抵抗しなかった。普段ならば絶対に他人に触らせぬ手なのにも関わらずだ。
「これが噂の?ゴッドハンド?ね?」
 黒瞳が仮面の奥を覗き込んだ。
 ?ゴッドハンド?――それが蜿の能力。
 左手による?スキャン?により病巣を発見し、右手の?奇跡?により完治させる。だが、それは呪われし能力だった。
 帝都の呪を内に秘める蜿は、その皮膚が変形して醜い鱗に包まれ、仮面の奥に光る瞳は蛇のように黄色く輝いていた。その醜い身体と引き換えに蜿は?ゴッドハンド?を手に入れたのだ。
 ふと我に返った蜿はセーフィエルの手を振り払った。
「本当の目的を言え! 俺に何の用があって来た?」
「?ゴットハンド?の力を見るために。それと、?呪?についてのお話を少ししようかしら?」
 ?呪?という単語を聞いた瞬間、仮面の奥で蜿の顔つきが変わった。
「?呪?だと?」
「ええ、帝都の呪。帝都を取り巻く大蛇の呪」
「キサマ……なぜそれを?」
 蜿の?呪?を知る者は、この世に三人――いや、一人はこの世ならぬところにいるので、二人。蜿自身とその兄――紅葉だけのはずであった。
「あなたの?呪?のことなら、数多くの者が知っているわよ。この都市の中枢が無関係のはずがないじゃない?」
「キサマは政府の者か?」
「いいえ、違うわ。わたくしは、わたくし個人で動いているの。封印されているもののことを詳しくしりたくてね」
「……どこまで知っている?」
「蛇は第二の封印。都市に配置された結界が第三の封印。帝都に異変が起こるとき、あなたの身体に変化が起こるのは、第二の封印とあなたがリンクしているからね」
 蜿は度々激しい発作に襲われることがある。そして、今まで一番激しい発作を起したのが、あの出来事が起こる少し前。帝都に魔剣士が現れたときであった。
 蒼白い仮面の奥にある瞳は、セーフィエルから決して逸らされることがなかった。
「封印されているのが、なんであるのかも知ってるのか?」
「ええ、勉強させていただいたわ」
「封印を解く気か?」
「いいえ、とんでもない。わたくしは封印されているものが、なんであるか知っていますわ。封印されているものは、魔性の軍勢と御方の片割れである指導者。ひとたび封印が解かれれば、この世界は死の海と化すでしょう」
「だったら、俺様のとこになにしに来たんだ?」
「おしゃべりと言ったでしょう」
 しかし、セーフィエルは蜿と話さずとも、全てを知っているように思えた。蜿から得る情報はない。だとしたら、セーフィエルは……?
 セーフィエルが静かに微笑んだ。
「封印が解かれる日は近いでしょうね」
「なんだと!?」
「封印が解かれてしまうのと、?呪?を背負ったまま生きるのと、どちらがいいのかしらね。少なくとも、過去であれば、あなたは呪を解くことを望んでいた。あなたのお兄様もそれを望み、いろいろと手を尽くしたわ」
「過去は過去だ。今は?呪?の担う意味を知った」

 それは灼熱の太陽がアスファルトを焦がし、車の上で目玉焼きが焼けるくらい暑い日だった。
 全開にした窓から吹き込む風が風鈴を鳴らし、青い畳の香りが鼻をくすぐる。
 この部屋にはエアコンがない。あるのは首を左右に振る扇風機のみ。しかし、彼は汗ひとつ掻いていなかった。
「蛇ですね」
 白いベールに身を包み、青白い仮面を付けた人物を見て、雪兎はそう言った。
「人目で憑き物を見抜かれましたか」
 こう言ったのは仮面の人物ではなく、その横で正座をしながらお茶をすする男だった。この男は帝都でも有名な大学に勤める助教授である。名を紅葉[クレハ]と言う。
 風鈴がちりん――と音を立て、仮面の奥からくぐもった男の声がした。
「あんた、祓えるか?」
 挑発的な口調であった。しかし、雪兎は相手の態度を気にすることもなく、春風駘蕩な表情をしている。
「無理ですね」
 はっきりと雪兎は断言した。それは笑顔の医師が治療不可能だと言い切ったようなものだ。 相手の態度が気に入らず、仮面の男は逆上して立ち上がり、雪兎に殴りかかろうとした。だが、それを紅葉の静かな一言が止めた。
「やめろ蜿」
 すぐに仮面の男――蜿が動きを止め、紅葉は話を続けた。
「お前がその方に飛び掛ったところで問題の解決にはならん。ましてや、私は怪我を負って動けなくなったお前を運ぶなど、ご免被るぞ」
 それはつまり、雪兎に飛び掛った蜿が返り討ちに遭うことを意味した発言だった。
 雪兎がお茶をテーブルに置いた刹那、春風駘蕩だった彼の身に氷の膜が宿ったようだった。
「ですが、やるだけのことはやらねばなりませんね」
 誰もその変化に気づかないかもしれない。それほどまでに外面的な変化はないに等しい。しかし、彼は確実に変わっていた。春風駘蕩な若旦のような雪兎は、別のもモノへと変じていたのだ。
 ゆっくりと席を立った雪兎は縁側を見た。
「ここでは狭い。庭で祓いましょう。僕は少し準備がありますので、先に行っていてください」
 雪兎がどこかに姿をあと、二人の男はなにも言わずに庭へと足を運んだ。
 庭で雪兎を待つ間、蜿は悪態ひとつ吐かなかった。先ほど雪兎に殴りかかろうとしたときとは別人だ。蜿の心情を変えたものはなんであろうか?