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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 神威神社が倒壊してから早3週間が経った。
 帝都政府が神社の再建にあたっている間、命[ミコト]はホテル暮らしを強いられることになった。
 政府が命のために用意してくれた部屋は純和風であったが、命に言わせると機械仕掛けの部屋でしかない。鍵は電子ロック、リモコン操作での窓の開閉から照明操作――イマドキの人間ならば当たり前に感じるかもしれないが、命には落ち着かない。
 3週間以上もの間、命は部屋を一歩も出ずに、コンピューターのネットワークを介して情報収集をしていた。いくら近代文化が苦手と言えど、パソコンを使わなければ普段の生活が不利になってしまう。
 命は液晶画面に映る事件の報告書に目を通していた。
 神威神社と帝都タワーの倒壊事件。女帝に反発する過激派のテロ行為だというのが公式の発表だった。
「戯けたことを抜かしおって」
 命はこの報告書が嘘偽りであると確信している。――魔剣士と出遭ってしまったその時から。
 神威神社を守ることが、命の使命であったはずなのに、彼女は魔剣士を前にして動くことができなかった。身体が芯から振るえ、その場に立っているのがやっとだった。そして、神威神社は命の目の前で脆くも崩れ去った。
 それからのことはよく覚えていない。あまりのショックにその場に立ち尽くしてしまい、頭が真っ白になってしまった。そして、気が付いた時にはホテルの部屋にいた。
 エデン公園が政府によって完全封鎖された時に命は部屋にいながら、この世界に一瞬だけ現れたある人物の気配を一瞬だけ感知した。
「……兄上」
 命は目を瞑って天を仰いだ。
 兄がいなくなってから命は神主を引き継ぎ、ひとりで神威神社を守ってきた。それなのに……。兄に合わせる顔がない。
 ある日、忽然と姿を消した命の兄。彼は今どこにいるのか?
 命は瞼の上に光を感じなくなったことに気が付き、すぐに目を開けた。部屋は暗闇に包まれ、冷たい風が吹いている。自分の身体さえ見ることのできない闇。
 闇全体から女性の声が響いた。
「こんばんは、そして初めまして。わたくしの名は――」
 闇だったモノが集約してヒト型をつくり、それはひとりの女性となった。
「セーフィエル。夜魔の魔女と呼ばれることもあるわ」
 そう言ってセーフィエルは濡れた唇で妖々と微笑んだ。それを見た命は警戒心を強めた。
「してセーフィエルとやら、妾に何用じゃ?」
「わたくしの役目は選ばれし者を運命の輪で繋ぐこと。簡単に言うと、いろいろな人と出逢ってお友達になっておきたいだけかしら?」
「真意が見えぬな」
「いつか見えて来るわ。そうね、貴女の兄のこともね」
「なぜ兄を知っておるのじゃ!?」
「つい先日お会いしたわ」
 命にとってそれは信じがたい事柄であった。だが、兄に関する情報は今の今まで砂一欠けらとてなかった。セーフィエルの言動に命が喰いつくには十分であった。
「妾の兄上はどこに居られるのじゃ、知っておるなら妾をその場所へ案内してくれぬか?」
「もとよりそのつもりよ。貴女の兄も貴女に会うことを承諾しているしね。でも、条件があるわ」
 セーフィエルは微笑った。その笑みは命の心臓を握り締め放さない。このプレッシャーは、あの魔剣士に近い。
 金縛りにあってしまった命は辛うじて唇だけは動かせた。
「条件とはなんぞや?」
「ふふ、逢魔ヶ刻[オウマガトキ]に神威神社の再建現場でお待ちしているわ。では、さよなら」
 セーフィエルの身体が霞と化して空気に溶けた。部屋からセーフィエルの気配は完全に消えた。
「夜魔の魔女、危険な女じゃな……」
 命はこの日、久しぶりにホテルの部屋から出ることにした。

 空は黄昏色の染まり、黒い翼を羽ばたかせる鴉たちが鳴き叫び、風が木の葉を揺らす音が微かに聞こえる。
 神威神社境内――そこに黒い影は佇んでいた。
 神社の再建には少なくとも半年の歳月を有するだろうと言われ、本殿があった場所は未だに?封印?が終っていない。
「素敵な夜闇が幕を下ろす。わたくしの時間へようこそ、命さん」
「ここに妾を呼び出したのはなぜじゃ?」
 巫女装束に身を包んだ巫女と身体からは、見る人によっては凄まじい気が見えるだろう。命にはわかっていた。ここには〈悪しき者ども〉が巣食っている。神社は代々それを封じてきたのだ。
 本殿が壊されてしまったことにより、封印の力が激減し、今は辛うじて相手の力を封じられているに過ぎない、とても不安定な状況であった。それゆえにこの場所は厳重な結界が敷かれ、セーフィエルのような部外者は入ることができないはずであったのだ。
 夕暮れに照らされ出来たセーフィエルの影が動いた。セーフィエルは動いていない。影だけが動いたのだ。
「わたくしは貴女を導く者となりますわ。しかし、貴女がそれに相応しい者なのか、まだわからない。そこで、貴女には〈悪しき者ども〉と戦ってもらいます」
「其奴を成敗すればよいのじゃな?」
「いいえ、勝ち負けは関係ないわ。わたくしを認めさせれば、それでいいわ。では、はじめましょう」
 セーフィエルの影の奥から呻き声が聞こえた。
 命は身構えるようすも見せない。凄然と立ち尽くし、何かを見つめていた。それはセーフィエルの影の向こうの世界。セーフィエルの影の中は別の世界に繋がっていた。
 雷が轟いた。
 セーフィエルの影から雷を纏う獣が現れたではないか。
 痩せこけた牛のような身体から伸びる前足の爪は鋭く、後ろ足は一本しかなく、長い尾のようにも見える。その眼光は命をしっかりと見据えていた。
「雷獣かえ?」
 命はその獣を雷獣と判断した。
 雷獣は雷のような声を上げ、稲光のように天を行き交う。
 命の指先が軽やかに空[クウ]を切る。切られた線は淡く輝き、それは印を結んだ。
「?封?!」
 飛び掛って来た雷獣は命の目の前に敷かれた印にぶつかり、網のようになった印はそのまま雷獣を捕まえた。
 逃げようともがく雷獣の傍らで、命は新たな印を結んだ。
「?還?!」
 命が雷獣を元の世界に還そうとしたその時だった。
 雷獣は霊気の網を破り、命に向かって鋭い爪を向けたのだ。
 白い装束が破られ、腕から紅い血が滲み出す。
 苦痛の表情を浮かべながらも命は後退して、雷獣との間合いを大きくあけた。
 封の印は完璧であった。その印が破られたということは、雷獣の霊力が命の霊力を上回っていたということになる。しかし、命は雷獣から自分を上回る霊力を感知していない。だと、すると要因は別にある。
 稲妻のごとき速さで襲い来る雷獣。
 目で追うことはできても、身体がそれを避けられるとは限らない。命はその場を動かずに素早く印を結んだ。その印は先ほどと同じものだった。
「?封?!」
 再び捕らえられる雷獣であったが、破られるのは時間の問題だ。
 懐に入れた命の手が外に出されると同時にそれは投げられた。御札だ、御札が投げられた。
 御札はセーフィエルに向かって投げられていた。しかし、それはセーフィエルを狙ったのではなく、セーフィエルから放たれたモノに向かって投げられたのだ。