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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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魔女の館


 時雨の前に聳える建物はゴシック建築の洋館だった。そのシンプルな石造りの屋敷の玄関に立った時雨は、呼び鈴を鳴らそうとしたのだが、玄関の扉が開く方が早かった。
 手前に開いてくるドアを時雨は素早く避け、屋敷の中から出て来た者と目が合った。それはヒトではなく――梟であった。
 梟は軽く頭を下げると、流暢な人間の言葉を話し出したではないか。
「わたくしはこの屋敷の主セーフィエル様に仕えるセバスチャンと申します。それで、ご用件は?」
「えっと、都役所に仕事を委託されて来たんだけど」
「そうですか、詳しい話は中で伺うと主人が申しておりますので、どうぞ中へ」
「おじゃまします」
 玄関を通りながら時雨はセバスチャンの言った言葉が気になったが、さほど気にすることはないだろうと思いすぐに忘れた。
 時雨の通された部屋は真っ暗だった。
「あのぉ……」
 少し不安を覚えた時雨は振り返ったが、そこにはすでにセバスチャンの姿はなく、あるのは闇だけだった。
 何も見えない闇の中、時雨は何者かの気配を感じ取っていた。気配は闇全体から感じられるが、複数ではなくひとつであった。ここにある闇がひとつの存在のようだ。
 闇の中で時雨がぼーっとしていると、やがて暗闇の中に蒼白い顔がにじみ出てきた。
「わおっ!」
 幽霊か何かだと思って声を出した時雨に、蒼白い顔が微笑んだ。その微笑みは暗闇の中ではとても不気味に見えた。
 蒼白い顔から発せられた声は、澄んだ夜風のようである。
「あら、驚かせてしまってごめんなさい。そんなつもりはなかったの、ただ明るいのが嫌いなだけなもので」
 突然部屋の明かりが点けられ、時雨の目の前にはテーブルに着いて紅茶を飲んでいる女性がいた。
 女性は時雨の後ろに声をかけた。
「セバスチャン、時雨様に緑茶と和菓子を持って来て差し上げて」
「畏まりました」
 時雨は驚いた表情をして後ろを振り返ると、そこには梟のセバスチャンがいた。闇の中には気配がなかったと時雨は断言できる。
 セバスチャンが部屋を出て行くのを見て、女性は微笑みながら自己紹介をはじめた。
「わたくしの名はセーフィエル。この屋敷の主にして、夜魔の魔女ってところかしら」
 妖艶とした微笑むセーフィエルを見て、時雨は背中に冷たいものを感じた。知り合いの魔導師が持つモノとは違う恐ろしさを感じたのだ。
 セーフィエルは自分の前の席を客に勧め、時雨は勧められるままに椅子に腰掛けた。
「ボクと前に会ったことありますよねぇ? たしかマナがアリスちゃんに襲われていた時」
「あら、わたくしのことを覚えてくださったの、嬉しいわ」
「マナとは知り合いなんですか?」
「ええ、姉妹弟子なのよ」
「じゃあ、やっぱり魔導師か……」
 相手が普通の人間ではないからこそ時雨は呼ばれのだ。
 一息ついたところで時雨はここに来た理由を話し出そうとしたが、部屋の中に若い男性が入って来たことによって妨害されてしまった。
「緑茶とようかんをお持ちしました」
 男性は執事のような紳士服を着こなし、手にはお茶と和菓子の乗ったトレイを持っていた。
 お茶と和菓子を時雨の前に置いた男性にセーフィエルが声をかける。
「セバスチャンは下がっていいわ。時雨さんと二人っきりでお話をするわ」
 セバスチャンと呼ばれた男性は頭を下げて部屋を後にした。それを見た時雨は、この屋敷の使用人はみんなセバスチャンという名前なのかなと思いつつ、出されたようかんをパクリと口の中に放り込んだ。
「おいしいですね」
「あら、それはうれしいわ。そのようかんはわたくしのお手製なのよ」
「ようかんを手作り?」
「ええ、はじめて作ったのだけれど、上手にできてよかったわ」
 セーフィエルは時雨に向けて微笑みを投げかけ、時雨は目を伏せるようにしてお茶をひと口飲んで息を吐いた。
「あのぉ、それでボクは帝都役所に頼まれて――」
「ええ、察しはついているわ。この屋敷を立ち退いて、この場所を元通りにしろというのでしょう? 役所も融通が利かないところだこと」
「ですけれど、無許可は困ります」
 この土地には元々数軒の家が建っていた。そこに一夜にして突如セーフィエルの屋敷が建ったのだ。元々あった住宅はどこに消えたのか、そこに住んでいた人々はどこに行ってしまったのか。
 そこで帝都政府はセーフィエルの屋敷を調査しようとしたのだが、強力なセーフィエルの魔導に惑わされて調査は難航した。そこで時雨が呼ばれたわけだ。
 セーフィエルは微笑み、時雨にある条件を提示してきた。
「わたくしとかくれんぼをしましょう」
「かくれんぼ?」
「そう、かくれんぼ。時雨さんが鬼で、わたくしがこの屋敷のどこかに隠れる。わたくしを見つけ出すことができれば、わたくしはここを立ち退き、元の姿に戻して差し上げます。そうね、タイムリミットは明日の日の出までにしましょう。それでよろしいかしら?」
「えぇ、まぁ……」
 このような問題をかくれんぼという?ゲーム?で解決していいのか、と時雨は思ったが、相手がそのような条件を出してきたのだからしかたない。力ずくという選択肢よりはマシかもしれない。
「時雨さんは目を瞑って十数えてくださる? その間に隠れますわ」
「わかりました」
 時雨が目を閉じると3秒もしないうちにセーフィエルの気配が消えた。歩いたようすも、扉を開けたようすも感じられなかった。セーフィエルの気配は忽然とこの部屋から消えてしまったのだ。
 十を数えて時雨が目を開けると、やはりセーフィエルの姿はなかった。
 置時計の針は昼の3時過ぎを指している。夜明けまでは12時間以上はある。
 日の出までの半日という時間をセーフィエルは隠れきるからこそ、その条件を提示したに違いない。だとすると、この勝負は長期戦になりそうだ。
 時雨が廊下に出ると、そこは最初に通った廊下とは違うものになっていた。
 一方通行の廊下は左右にどこまでも続き、終わりなどないように思える。
 床が激しく揺れ、時雨は思わぬことに足をすくわれてしまって転倒した。時雨の倒れた床はぶよぶよとしていてとてもやわらかい。そう、床が揺れたというより、床がやわらかくなり、時雨の足が沈んでしまったのだ。
 時雨はやわらかいウォーターベッドのようになってしまった床に寝転んで天井を仰いだ。その天井には扉があった。
 どこまでも続いていそうな廊下の途中にあるかもしれない扉を探すか、天井にある扉にどうにかして入るか、それとも今さっき出てきた扉に――。
「ないじゃん!」
 時雨は思わず声を荒げてしまった。先ほど出てきた扉がなくなっていたのだ。となると、選択肢は絞られてくる。
 寝転んだまま時雨は手を天井に向けるが、扉に届くはずがない。立ち上がってジャンプしても届きそうもなく、そもそもぶよぶよした廊下は立つことさえ困難だった。
 仕方なく時雨は床の上でごろ寝をしながら、いいアイデアを考え出そうとした。
 心地よい床の感触に時雨は次第に眠たくなってきてしまった。瞼が次第に重くなり、急激な眠気が襲ってくる。
 眠気のせいか幻覚が見えてきたらしい。時雨を挟み込むようにして、廊下の両端からピンクの猿が群れを成して襲ってくる。