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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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 ガチャっと時雨はすぐさま受話器を置いた。今ので警察には電話の発信場所もわかるだろうし、トラブルシューターとしての時雨の声は警察署のライブラリーに保存されていて、今の少しの声で身元が判明しているに違いないが、それでも時雨は余計なことを言うのが嫌で電話をすばやく切った。
 仕事以外の事件には巻き込まれたくない。だが、時雨にはわかっていた。この事件が自分にかかわってくることを――。

 自宅に帰宅すると、ハルナが時雨を迎えてくれた。
「テンチョ、朝食できてますよぉ」
「うん、ありがと」
 このハルナという女性は時雨が自宅の1階で経営している雑貨店で働く定員兼時雨の身の回りの世話役である。年のころは10代後半から20代前半らしいが、見た目はもっと若く見える。眼鏡とツインテール、そして、メイド服常時着用の可愛らしい女の子だ。
 ダイニングからハムの焼けるいい匂いがしてくる。今朝の朝食はハムエッグとトーストだった。
 ハルナはテーブルに乗せられたトーストを掴み、イチゴジャムをつけて時雨に手渡す。至れり尽くされだが、この二人は断じて付き合ってはいない。この二人には特別な事情があるのだ。
「テンチョ、そろそろ新しい店員を増やそうと思うんですけどぉ、どうですかぁ〜?」
「別にハルナちゃんの好きにすればいいのに」
「だって、テンチョはテンチョなんですからぁ」
 時雨は急に沈黙してお茶を飲み干した。トーストにお茶という取り合わせは少し変なように思われるかもしれないが、時雨はお茶好きで飲み物といったらお茶だった。
 黙りこんでしまった時雨の顔をハルナは綺麗に澄んだ大きな瞳で覗き込んだ。
「テンチョ、どうしたんですか?」
「……いや、あのさ、そろそろ、テンチョ交代しない?」
「ダメですよぉ、交換条件なんですから」
「……はぁ」
 年老いた老人のように時雨は大きなため息をついた。時雨が雑貨店の店長をやっている理由には深い意味がありそうなのだが、この話はすぐに止められ他の話題に移ってしまった。
 TVリモコンを手にとって、時雨は電源ボタンを入れた。
 高画質の液晶ディスプレーに女性キャスターの顔が映し出された。地上波の番組はこの時間、ニュース番組が多い。
 TVをつけたが時雨は特に見たい番組があるわけでもない。そこでハルナはTVリモコンを時雨の手から取り上げ、チャンネルを回す。ハルナが見たいのは子供向け番組だ。
 朝放送されている子供向け番組でハルナが一番おもしろいと思っているのは、ローカルTV局である?TVT(テレビ帝都)?で放映中の昔のアニメの再放送である。
 TVの画面には?うりゅっちゅ?と呼ばれる奇怪な容姿をしたキャラクターが描かれている。このうりゅっちゅの容姿はカバに白い天使の羽を生やしたような生物で、時雨はちっとも可愛いと思わないが、このうりゅっちゅは幼児に大変な人気がある。
 うりゅっちゅは画面上で『うりゅっちゅ!』と鳴いているだけである。それ以外の行動はしない。だが、そんな映像をハルナは食い入るように見ている。
 うりゅっちゅの人気の秘密は催眠効果によるものだという。映像のBGMや『うりゅっちゅ!』という鳴き声のテンポから強弱、至るところに催眠術が使われている。そして、極めつけは、画面をコマ送りにするとわかるのだが、ある一定の間隔でうりゅっちゅの関連商品の広告が画面に混じっているのだ。人は知らない間に商品の情報を脳に焼き付けられているというわけだ。
 うりゅっちゅの映像が突然消え、男性の顔が映し出された。それは臨時ニュースだった。
《臨時速報をお伝えします。今朝未明、1000年以上もの歴史を誇り、帝都の重要文化財に指定されています神威神社が何者かによって破壊されました。この事件による――》 ニュースを聞いていた時雨の顔が蒼ざめた。
「さっき行ったばっかりだよ」
「ニュースで命さんが重症だって言ってますよ! どうしましょう!?」
「あいつか……」
 あいつ――それは殺葵のことを指していた。これは時雨の大きな誤算であった。まさか、神威神社が襲われるとは思っても見なかった。
 霧の中、殺葵が時雨の前に現れたこと――その理由まではわからないが、だが、まさかあの後に神威神社が襲われようとは。
 殺葵――それは時雨の古い友人の名。ある日忽然と姿を消してしまった殺葵の名を時雨は今日まで忘却していた。
 すれ違う寸前、時雨の耳元で殺葵が囁いた言葉、それは『私は還ってみせる』の一言のみであった。その言葉は時雨の心を戦慄させるに十分な内容だった。だが、自分はなぜその言葉に強く反応してしまったのか、重要な部分を時雨は思い出せずにいた。
 今ここにいる時雨。その過去を知るものは誰もない。本人自身もだ。
 時雨の記憶は帝都でハルナと出逢ったところからはじまっている。それ以前の記憶が時雨には全くないのだ。だから、殺葵があの後、神威神社を襲うとは思いもしなかったのだ。だが、神威神社を破壊したのが殺葵だということを時雨は本能的に悟った。
 時雨の過去の記憶の鍵を握る人物に、自称時雨の妹と名乗る夏凛という人物がいるが、本当の妹なのかはわかっていない。その夏凛が言うには、長い間消息を絶っていた兄が突如帝都に帰って来たのだと語る。
 夏凛に昔話を散々聞かされた時雨であるが、それでも記憶は戻らなかった。だが、時雨は殺葵と出逢い、何かを思い出そうとしていた。まるでそれは殺葵が時雨の記憶を解く唯一の鍵だったように時雨の記憶を呼び覚ましつつある。
 普段あまり見せない厳しい形相をした時雨は、朝食を摂り終らぬまま外に駆け出して行った。向かう場所は神威神社だ。

 すでに神威神社の前には人ごみができていた。報道陣や警察に騒ぎを駆けつけて来た野次馬が大勢いる。だが、神社は完全封鎖され中には入ることができない。
 遠くから神社のようすを見るが、それは酷い有様だった。全壊という言葉が相応しいように思える。本殿が瓦礫の山と化しているのだ。
 時雨はどうしても命と話がしたかったのだが、どうにもこうにもいかない。人が多すぎて神社に近づけないうえに、完全封鎖されているので近づけたとしても入ることはできないだろう。
 困り果てている時雨のもとに銀色をしているソフトボール程の大きさの物体が飛んで来た。それは金属でできておりスピーカーとカメラが取り付けてある。これは情報屋と呼ばれる職業の実力者である真[シン]の偵察用カメラだった。
 宙に浮いたカメラは時雨の前で止まった。このカメラの動力は社会的にも認知されている?魔法?の力で動いている。
 帝都にある有名な大学では魔導学と呼ばれる魔法を学ぶ学問を教える学部が存在するが、魔法は知識の上では誰もが学ぶことができるが、実践となると特別な天性の才能が必要らしく、魔法を使う職業である魔導士の数は少ない。
 カメラのスピーカーから男の声が聞こえて来た。これが真の声だ。
《中に入れないで困っているようだな。料金を払ってもらえれば、あ〜んなことやこ〜んなことの極秘情報を教えてやるが?》
「自分で調べるからいい」