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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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旧説帝都エデン

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シザーハンズ


 月明かりも届かぬビルの合間で、巨鳥のような影が激しく動く――それは人影だった。ロングコートを纏った人物が地面を蹴り上げて空に舞ったのだ。
 ロングコート纏った人物の手元が激しく閃光を上げた。それは輝く刃だった。
 閃光を浴びて闇の中に美しい顔が浮かび上がる。人とは思えぬ中性的な妖艶な顔。この街に住む人々は、彼をこう呼んでいた――帝都の天使。
 宙に舞い上がっている帝都の天使は妖刀を力強く握り、激しい閃光の粒を撒き散らしながら、地面にいる男を一刀両断しようとする。がしかし、男の腕がそれを受け止めた。いや、腕という表現は正しくない。腕に装着された物を挟み切る爪が帝都の天使の一刀を受け止めたのだ。
 地面に足を付くこともなく、帝都の天使は後方に押し飛ばされて、片手を地面に付きながら着地した。そこに素早く両腕に爪鋭い爪を装着した――シザーマンが襲い掛かる。
 帝都の天使の握る妖刀の煌きがシザーマンの腰に喰い込んだ。そして、そのままシザーマンの身体を二つに分けるはずだった。シザーマンの身体が突如霞と化して消えたのだ。
 すぐに状況を理解した帝都の天使は妖刀を大きく後ろに振るった、しかし、シザーマンの方が早かった。帝都の天使の真後ろに立つシザーマンは鋭い爪で、妖刀を持つ帝都の天使の腕を深く抉った。
 静かな苦悶が帝都の天使の口から漏れる。しかし、彼は妖刀を手放すことなく、シザーマンの胴を割った。
 シザーマンは消えた。再びシザーマンは霞みと化して消えたのだ。帝都の天使は敵に逃げられたことを悟った。
 静寂が辺りを包み込む。
 殺気が辺りから消えている。
 その中に深いため息が響いた。
「はぁ、また逃げられた」
 帝都の天使は右腕をだらんと地面に垂れ下げている。その腕からは鮮血が流れ出し、紅い雫が地面の濡らしていた。

 夜空の漆黒の闇に浮かぶ満月は蒼白い光で大地を照らし、星々はいつもより騒がしく煌いている。そして、輝く星よりも騒がしい輝きを放つ巨大都市。
 魔導と科学の融合により生まれた魔導炉により、膨大なエネルギーが二十四時間、止まることなく都市にエネルギーが供給される。――この都市は決して眠らない。
 高層ビルは天を貫き、深夜だというのにメインロードは車や人の往来が激しい。
 ビルの屋上には人影が立っていた。黒衣を風に靡かせながら、天を見上げている。
「はぁ、今夜は満月か……。ついてないよね、この頃……」
 澄んだ夜風と黒いロングコートを身に纏い、間延びした声の持ち主は少し眠たそうな表情、夜空に輝く満月を眺めていた。
 この人物の姿は月光が反射して、輪郭がぼやけてよく見ることができないが、恐らく若い男性だと思われる。
 闇の中から声がした。
「ついていないのはいつものことだろう。それはいいとして、なぜ私が君に呼ばれなければならんのだ?」
 闇に浮かび上がる白い白衣に身を包み込んだ男。長髪の毛が風に弄ばれ闇に溶けている。
 白衣の男に言葉を投げかけられた若者は空を見続けている。そして、間延びした声で白衣の男に返事を返した。
「あれぇ、言ってなかったっけ?」
 それを聞いた長髪の男の顔は不快の表情を露にした。
 満月の晩は妖魔やキメラ生物たちの活動が活発になる時間帯のひとつだ。この街に住む人々は満月の晩が訪れると、夜が来る前に仕事から帰宅し、いつもよりも厳重に戸締りをする。それがこの街を生きていくための掟だ――という人もいるが、多くの人々は満月を恐れない。
 二十四時間眠らぬ街は、満月の晩だとしても輝いている。たしかに、満月の晩に魑魅魍魎たちが活発になるというのは本当だ。しかし、裏路地やひと気のない場所に立ち入らない限りは普段の夜と変わらない。
 白衣を着た男の長い髪の毛が、腰の辺りから風に揺られて、辺りに芳しい匂いを撒き散らす。
「私を呼び出したからには、それなりのことがあるのだろうな?」
「切り裂き魔のニュースは知ってる?」
「帝都新聞で読んだが、それが私の呼ばれた理由と何の関係がある?」
 先月から今月にかけて17件の連続殺人事件のニュースが帝都の街を賑わした。その事件は目撃証言や使われた凶器の刃型が一致したことなどや、目撃証言から事件を起こした人物は、ほぼ同一人物とされている。
 狙われた被害者は皆長い黒髪の女性であった。被害者たちの手足には何かで縛った後があり、衣服は脱がされ、身体は刃物で滅多刺しにされた状態で路上に放置されていた。
 事件は帝都市民の関心を呼び、報道各社はこの事件を大々的に取り上げ特集番組も組まれるほどであった。
 若者は依然空を見上げていた。
「えーと、その切り裂き魔なんだけど、証拠はいっぱい残ってるのに足取りが全く掴めないらしくってさぁ、帝都警察本部長に直々に仕事の依頼を頼まれちゃって」
「仕事なら一人ですればよかろう、私が呼ばれる理由はあるまい」
 空を眺めていた若者が長髪の男の方へと顔を向けた。月明かりに照らされた若者の顔は以前眠そうな表情を見せていたが、その顔は中性的な美しさに満ち溢れており、彼が道を歩けば男女問わず誰もが振り返り顔を赤らめうっとりとしてしまうほどだ。天使がこの世界にいるとしたら彼にちがいない。
「じつはさぁ、その切り裂き魔は不思議な幻術を使うんだけど、ボクには全く太刀打ちできずに困っちゃってね、紅葉[クレハ]になら何とかできるかなぁとか思ってさぁ」
 紅葉と呼ばれた男は顔をしかめながら目の前にいる若者と目線を合わせた。
「太刀打ちできずに困っただと……どういうことだ、既にその切り裂き魔とやらに会ったのか?」
「あぁ、もう2回も会っちゃったよ。ほら、この傷見てよ、ザックリいっちゃってるだろ」
 そう言って若者は右手の服の袖を捲くり上げ腕の傷を見せた。傷は鋭利な刃物で付けられたような15センチに達するほどの重症であったが、その傷の持ち主はのほほんとした表情でまるで他人事のようであった。
「2回も会っていながら取り逃がし、そのうえ傷を負わされるなど?帝都の天使?も地に堕ちたものだな」
「ボクは元から地面の上を歩いてるよ。だから、何と言われようが構わないよ、でもその代わり仕事を手伝ってもらうよ」
「君の仕事の手伝いをして私に何の見返りがある?」
「僕が手傷を負わされたほどの幻術使いだよ、いい研究材料になると思うけどなぁ、それじゃあダメ?」
 ダメ? といった若者の表情は子犬のような愛くるしさを持ち合わせており、その瞳に見つめられた者は誰もが彼のためだったら何でもしてあげたくなる――そんな表情だった。
「駄目だ、私は研究が忙しい。それにだ、今日その切り裂き魔が現れるという確証はないだろう」
「それがねぇ、あるんだよね」
「言ってみたまえ」
 天使の顔は勝ち誇った表情をしていたがそれを見た紅葉は少し不服そうだった。
「切り裂き魔が現れるのは決まって月・水・金の午前0時から4時の間なんだよね」
「そこまでわかっていて、帝都警察も君も切り裂き魔を捕らえることができんとは、ワイドショーのいいネタになるな」
「しかたないだろ、ほんとに手強い相手だったんだから」
 今度は紅葉が勝ち誇ったような表情をし、天使は不服そうな表情をした。