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短編集21(過去作品)

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 以前なら自分の部屋に帰ってきてから、寂しいなどと感じたことはあまりなかった。きっと忙しいことが充実感となって、「生活の色」として張りを持たせていたに違いない。
 テレビの音も、照明の明るさも、部屋の中の色彩もすべてが違って見える。特に明るさなど、
――この部屋がこんなに暗いなんて――
 と、またしても今まで感じたことのない暗さを感じるのだ。
 不気味さが次第に強くなってくる。そんな時だったのだ、もう一人の自分を感じたのは……。
――前からここにいて、それに気付かないだけだったのだろうか?
 自問自答を繰り返す。いるかいないか自分でも半信半疑なもう一人の自分が、答えてくれるはずもない。もう一人の自分は、ただ見つめているだけなのだ。
――今までに考えたこともないようなことを考えているんだな――
 きっと考える暇もないほど忙しく、そんな発想が出てくるはずもないほど、生活が充実していたに違いない。
 テレビの音も、照明の明るさも、部屋の中の色彩もすべてが不変なもので当たり前だと思っていたこともあり、考えるということ自体、無意識だったのかも知れない。
「遠い空が見たくなったな」
 言葉に出して言ってみた。無意識ではなく、意識してである。「生活の色」を見ていると言いたくなったのである。
――言いたくなったら、言ってみる――
 それは無意識で衝動的な行為だったかも知れない。とにかく声に出して言うことで、自分の気持ちを高めているような気がするのだ。
――もう一人の自分に納得させるのだ――
 という気持ちが大きかったのかも知れない。もう一人の自分が納得すれば、きっと夢にまで見た「遠い空」を見ることができるかも知れないと思ったからだ。
 今度こそ見れそうな気がした。確かにあの時もそれを感じて出かけたのだが、見れなくてもそれなりに楽しかった。しかし今度はそれだけで満足できないかも知れない。自分の何かを発見するために出かける旅でなければならないからだ。
――しかし、気軽に出かけたい――
 と思っていた。
 さっそく、着の身着のままで出かけることを考え、通院までの数日間を旅行に使うことを考えていた。計画があるわけではない。以前旅した時と同じように計画を立てずに出かけるのだ。
――気ままな旅しかできない私――
 忠文の意識はすでに「遠い空」を見ていた。
 しかし本当にそんな理想にたぐ合うものがあるのだろうか?
 以前に見たことがあるから潜在意識として残っているはずである。それが頭の中で見え隠れしていて、時々夢に見るのだ。
 潜在意識にしても、その時のシチュエーションが思い出せない。一体いくつくらいの頃か、誰といたのか、季節がいつだったのかなど、まったく覚えていないのである。自分で色々と想像してみた。親がいたのでは? 夏だったのか? など、しかしすべてがしっくりこないものだったのだ。
 鈍行に乗って車窓を眺めていると、遠くに見える山が微動だにせずに威風堂々としているのが目立った。勢いよく通りすぎていく目の前に広がる田んぼは、リズミカルな気持ちにさせてくれ、静な山と相俟って立体感を味あわせてくれる。
 まるで「遠くに見える空」を彷彿させるが、自分が止まっていて感じることのできる風景とはさすがにスケールが違っていた。
 山の反対側の車窓からは、大きく広がった海が見える。波の影響か、海面からキラキラと間髪入れずに、目を刺すような勢いで日差しが飛び込んでくる。
 その遠くに見える空も、海の色と遜色ないほどに真っ青で、どこが水平線なのか、ハッキリしないほどである。そのためか空の遠さを感じることもなく、ただ差し込む光に目を奪われるだけであった。忠文の目がどうしても山側に奪われるのも、仕方のないことかも知れない。
 車内を見渡すが、客はほとんどいない。表が明るすぎるということもあってか、車内全体が影になったようで、薄暗く感じられる。
――まるで生活の色を見ているようだ――
 これのどこが「青」なのかはっきりと分からなかったが、ゆっくりと目を凝らしていると今まで真っ黒に思えていた車内が青み掛かっていく気がして仕方がない。
――そういえば、自分の部屋に帰ってからしばらくは真っ黒だよな――
 忠文はしみじみ思い返していた。
 最初寒くて暗く、生活の息吹きも感じられない部屋が、次第に生活の色を取り戻してくる時に感じる色が、青なのだ。
 さっきまで見ていた車窓の風景に感じることができなかった「生活の色」を、初めて車内の風景に見出したのだ。しばらくはそこから目が離せない気がする。
 次第に目が慣れてきて「生活の色」をハッキリ感じることができると、今度は光と影の境界線をクッキリと確認することができた。
 表から差し込む光は、山側からの太陽の光と、海側から来る海面に反射した眩いばかりの光とが交差していた。したがって影も一種類ではなく、まるでタコの足を見ているかのように、いくつもの放射状に広がっていた。
 それが電車のスピードやそれに伴う揺れとともに、不規則な動きをしている。夜に暗い道を歩いていて感じる、いくつもの街灯に照らされて不気味な動きを見せる人の影に似ている。深夜まで仕事をしていた時に鉄工所の二階から下を見ていて、そのことは時々感じていた。
 確かに不気味ではあったが、不思議と目を奪われる。まるで蠢くような動きをする影はその人の分身のようで、自分にもひょっとして分身がいるのでは、と考えさせられてしまうことがある。
 じっと自分の「生活の色」である青色を見ていて、急に他の方向を見ると、そこにはまったく逆の「赤」を基調とした世界が広がっている。
――誰かの色だったような気がするな――
 馴染みがないわけではない。懐かしさを誘うその色は、私にとって身近なものであるはずなのだが、誰の色だったか、ハッキリと思い出すことはできない。
 しかしすぐに思い出せるような気がした。根拠があるわけではないが、まもなく思い出しそうな気がしている。無理に思い出す必要のないほど、本当に「近い将来」だと思うのだ。
 そういえば、「遠い空」が「母親の胎内の羊水」に似ていると思ったことを思い出した。身体の奥から湧き上がってくるものを感じる。
 そう思って車内の影を見つめていると、影が次第にセピア色に変わってくるのを感じた。さっきまで暗い青だった車内が、モノクロに変わっていく。色あせていくわけではない。芸術色豊かに色が変わっていくようだ。
 過去の記憶が次第によみがえってくるような錯覚を感じる。小さい頃に学校の教室で感じたモノクロの景色を思い出した。教室には忠文と、女教師がいた。宿題でも忘れて残されていたのだろうが、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。モノクロな雰囲気は子供心に怪しい気持ちを沸き起こさせていたような気がする。今思い出しただけでも、その時のことがはっきり思い出され、先生に対する想いが何となく分かるような気がする。
――初恋だったんだろうな――
作品名:短編集21(過去作品) 作家名:森本晃次